私の一冊『テヘランでロリータを読む』
第22回:英日・日英翻訳者 安達妙香さん
アーザル・ナフィーシー著『テヘランでロリータを読む』は、イラン革命後のテヘランが舞台のノンフィクション小説だ。ヴェールの着用を拒否して大学を辞めた著者は、宗派も経歴もばらばらな女子学生を集め、発禁となった英文学を題材に読書会を開いた。秘密の部屋の中、文学を通してノーガードで語り合う内に、いつしか『ロリータ』は彼女らの物語に変わっていく。
何をどう感じるべきかさえ強制される社会で、文学は彼女らが自分のかたちを守るための避難所だった。〈私たちの姿を想像できるだろうか〉と、著者は繰り返し呼びかける。ナボコフ、フィッツジェラルド、ジェイムズ、オースティン――境遇はまるで違うけれど、同じ物語を通して、わたしは彼女らをすぐ近くに感じる。
言葉なんて食べられもしないのに、と思うときはある。まして翻訳なんて、と。けれどわたしも、あの避難所を知っている。ただの言葉の連なりが、魂を自由にしてくれると知っているのだ。
◎執筆者プロフィール
安達 妙香(あだち たえこ)
英日・日英翻訳者。長野県上田市在住。『WIRED』誌で、IT、映画、文芸、ガジェットなどのジャンルで記事の英日翻訳を担当。映画字幕翻訳(日英)に『くじらのまち』(鶴岡慧子監督)など。そのほか、映像制作者、通訳、ライターなどとして幅広く活動しています。児童文学が好きです。
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★次回は、韓日翻訳者の五十嵐真希さんに「私の一冊」を紹介していただきます。