製薬業界が求めるメディカルライティング ―グローバル治験を見据えて―

第1回JTF関西セミナー報告
製薬業界が求めるメディカルライティング
―グローバル治験を見据えて―

 

津村 建一郎氏
T Quest 代表
(株)アスカコーポレーション メディカルライティング顧問

 



2012年度第1回JTF関西セミナー
2012年5月16日(水)14:00 ~ 17:00
開催場所●大学コンソーシアム大阪・キャンパスポート大阪
テーマ●「製薬業界が求めるメディカルライティング ―グローバル治験を見据えて―」
講師●津村 建一郎 T Quest 代表、(株)アスカコーポレーション メディカルライティング顧問
報告者●玉川 美好 個人翻訳者

 



本年度第1回関西セミナーのテーマは「製薬業界が求めるメディカルライティング-グローバル治験を見据えて-」であった。講師の津村建一郎氏は、製薬企業やCRO(開発業務受託機関)で医薬品の開発業務に携わった経験が豊富で、翻訳も手掛けられ、今後の業界動向を十分理解した翻訳・ライティング作業を目指す1つの指針を示していただいた。

現在は現場に近い表現が要求される

 規制当局は、ドラッグラグを解消すべく2005年に薬事法を大改正し、2007年には国際同時開発戦略を本格化させた。その結果、日米欧同時に動くグローバル治験が増加し、現場ですぐに使える翻訳の需要が高まった。
 
 例文で、適切な表現への変遷を便宜的に大過去、近過去、現在に分けて具体的にみてみよう。
The ABC formulation should be stored at room temperature (20°C – 25°C), protected from light and humidity.
ABC製剤は光および温度から保護され、室内温度(20℃~25℃)にて保管すべきである。(大過去、GCP[1990年]施行以前。意味が理解できれば良しとされた)

                    ↓

剤形ABCは遮光および多湿を避け、室温(20℃~25℃)にて保管すべきである。
(近過去、ブリッジング[1980年頃]以降。適切な専門用語が使用されるようになった)

                    ↓

剤形ABCは多湿を避け、遮光、室温(20℃~25℃)にて保管すること。
(現在。現場ですぐに使える適切な表現が要求される)

規制要件に合わせる

 例えばindicationは、1983年の医療用医薬品添付文書の記載要領についての通達発出以降、それ以前の「適応症(効能又は効果)」から「効能又は効果」と訳すようになった。「効能又は効果」とは承認を受けた効能又は効果を意味する。「適応症」は国民健康保険の適応される疾患のことで、「効能・効果」と完全に重ならない。訳す際は、どちらの意味か考えて訳すことになる。国民健康保険のない欧米ではindicationで「効能・効果」と「適応症」の両方を意味する。
 
 新薬申請時のCTD(コモン・テクニカル・ドキュメント:国際共通化資料)の提出が2003年7月に義務化されたが、日米欧で共通化されたのはフォーマットであり、資料の内容まで規定するものはない。申請資料は各国の規制要件に合わせて作り直すことになる。その他、日本独自のシステムである製造販売後調査(PMD)等に、規制要件を満たす翻訳・メディカルライティングが必要とされている。

自然なメディカル日本語とは

 自然なメディカル日本語=顧客が見慣れている和文を目指す。添付文書やプロトコールのshouldは「~する、~すること」、mustは「~必ずする、~必ずすること」と訳すのが自然である。また、プロトコールの「選択・除外基準」は英文では単に「Inclusion criteria are(または A patient can be included if):」と記述されていることが多いが、自然なメディカル日本語としては「以下のすべての条件を満たす場合に本治験の対象として選択する。」等としたい。除外基準も同様である。 

和文書と英文書

 国際共同開発では英語がオリジナル言語であり、今後ますます英訳の需要が高まると予想される。現在のところ和文原稿を正確(忠実)に訳すことが多いが、これでは英語らしきもので書かれた和文書になってしまう。正確な英文書を翻訳・作成するためには、日本式発想を脱却し、異文化の人々に真に理解してもらえるよう「語句を補足したり、書き順や文の構成を変える」必要が出てくる。
 
 「海外企業の参入など、厳しい状況にありまして…」と苦しい報告をする際、「We were in the tough situation such as market entry of foreign companies.」などを正確な翻訳としていないだろうか。ここでは、「海外企業の参入による競争の激化があって、厳しい状況…」と情報を追加しないと正確に伝わらない可能性がある。また、「開封後は品質保持のため、上から軽く押さえてください。」という説明書きには、品質保持はボトルのことであり、どこの上から押さえるのかも明確に書く。
 
 和文英訳のときには、和文で「省略された」部分や「言わずもがな」の部分を詳細に記述する必要がある。これを英訳ライティングと呼んでいる。それに加え、段落を意識したパラグラフ・ライティングを応用する。パラグラフ・ライティングでは、各段落の最初に「トピック文」が来て、次にトピック文の「コンテント文」、最後に段落内容の要約を示し、次に続く段落との関連性を説明する。パラグラフ・ライティングは、特に試験総括報告書やCTDなどに応用可能である。

今後の需要への方策

 今後の需要へ応えるため、個人ではなくチームとして案件を担当する例も増えてくるだろう。PMのコーディネーションのもと、翻訳者、メディカルライター、QCチェッカー、実務経験校正者でチームを組み現場ですぐ使える翻訳を実現することを提案したい。
 
 以上、ますます短納期になる案件について、いろいろ考えさせられた。翻訳は何も足さず引かずと言われるが、その基準も時代とともに変わるものであり、常日頃研鑽を心掛けることが大事であるということと理解した。また、セミナー最後の質疑応答では、製薬会社、翻訳エージェント、翻訳者の各立場からのコメントを聞く機会もあり、迅速な対応のためには意見交換の場がもてる信頼関係の構築が理想であると再認識した。


 

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