日本翻訳連盟(JTF)

多様化するゲーム翻訳 - ローカライズ黎明期の到来

第5回JTF翻訳セミナー報告
多様化するゲーム翻訳 - ローカライズ黎明期の到来

(株)スクウェア・エニックス ローカライズ部 シニアトランスレーター
柴山正治(Wehner Marcus)


 



2012年度第5回JTF翻訳セミナー報告
2012年12月18日(火)14:00~16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●「多様化するゲーム翻訳 - ローカライズ黎明期の到来」
講師●柴山正治(Wehner Marcus) (株)スクウェア・エニックス ローカライズ部 シニアトランスレーター
報告者●津田 美貴 個人翻訳者

 



今回の講師柴山正治氏はWehner Marcus というドイツ人としての名前をもう1つお持ちのドイツ人と日本人の間に生まれた方である。現在は、スクエア・エニックス社でドイツ語ローカライズを担当されている。

今回の講演ではゲーム翻訳の特徴とその課題について語った。

ゲーム翻訳とは

ゲーム翻訳は少し特殊で、コミック→映画→小説→ゲームという順に翻訳の難易度があがる。したがって、ゲーム翻訳をするには高いスキルが必要になる。というのも、ゲームには映像(動画)、画像、音声、テキスト、プレイ操作がある。そのため、翻訳だけでは対応しきれないのだ。

ゲーム翻訳者に求められるスキルは、海外でいう一般教育レベルの英語が必須で、さらにソース言語に関してはネイティブレベル、ターゲット言語をライターレベルで使いこなせる必要がある。また、発売地域の文化に対する造詣も深くなければならない。例えば、コントローラー操作の「決定」は日本だと○だが、海外だと×となる。ほかにも、三頭身キャラクターは日本では大人のデフォルメと認識してもらえるが、海外では子供と思われ「日本人はロリコンだよね」という誤った認識をされることも多い。

ゲームの翻訳期間と人数

ゲーム開発といっても、ゲーム媒体によって翻訳期間が異なる。コンソール(ゲーム機用)の場合は締切りがある。昔は日本語でゲームを作った後に多言語展開する後追い型だったが、現在は多言語同時開発を行っている。

オンラインゲームはすべてリアルタイムで翻訳を行う。テキスト量が多く超大型案件になりやすい。リリース後もパッチの発行や、お客様向け掲示板などのコミュニティマネージメントの作業がある。

最近注目を浴びているモバイルやSNSのゲームは、開発から販売まで1~3か月の超高速開発で、日本や北米がメインの旬なビジネスモデルである。担当部署の人に言わせると「日々パッチを作っているようなものだ」とのことであった。

翻訳者の人数は、例えばファイナルファンタジーの場合、1言語100万文字位で4人程度。オンラインの大型案件でも最大で5人位、小さな案件だと1人の場合もある。繁忙期に外注の翻訳者(個人・翻訳会社とも)を使うこともあるが、社内の海外のリソースを借りることもある。

ローカライズ

ローカライズは非常に地味な作業で、①ファミリアライズ②作業分担③Glossary作成④翻訳⑤クロスチェック⑥エディット⑦実機確認(プリQA)⑧QAチームによるデバッグの順に進めていく。

ファミリアライズの工程では、ゲームの仕様やファイル数とその内容を理解する。この段階で作業人数と線表を決める。この時、ビジュアルなどが倫理観、道徳的に問題ないか確認し、国際的に通じるネーミングを行う。倫理的に問題がある描写とは、例えば日本ではわりと下着が見えてもOKだが、海外ではNGといった案件を指す。

作業分担の工程では、ファイルの内容をより詳細に確認し、内容や文字数をベースに担当者に振り分ける。作業分担を行う際に留意すべき点は例えば、字幕とは別に音声台本を用意するので、ト書き情報も必要であり、字幕と音声台本のテキストは別のアセットとして取り扱われるので、後々同期をしなければならない。

Glossary 作成の工程はシリーズ物ではきわめて重要で、特に固有名詞はシリーズ全体の統一性を保つのに重要である。

 翻訳の工程では、スタイルガイドという名前のルールブックが重要になる。例えば、正しい省略方法、「…」の使い方、斜体を使う場合の注意点、文法をどう表現するかなど、スタイルガイドがないと「どれが正しくてどれが正しくないのか」を判断できないため多言語展開するときの足かせになる。

クロスチェックの工程は、翻訳者が自分の担当以外の訳文をチェックする。スペルミスや文法のチェックなどが目的である。

エディットの工程は、ターゲット言語しかわからない人に訳文をチェックしてもらい、表現のチェックをしてもらう。これは翻訳のブラッシュアップではなく、ターゲット言語ネイティブがストレスを感じない表現や言い回しにすることが目的である。

実機確認(プリQA)の工程は、それぞれのアセットを翻訳者が画面上で確認しながら、必要に応じて修正していく。次の工程であるQA期間を短くするのが目的だ。

QAチームによるデバッグの工程では、ローカライズチームはゲームの挙動を検証するのではなく、主にテキストバグ全般をチェックする。

弊社の特徴は「ローカライズ翻訳者がテキスト修正に関する最終権限を持つ」ことで、これは非常に珍しい。一般的にはテスターにテキストの修正をしてもらうところが多いのではないか。

日本語から翻訳することのむずかしさ

日本語は、主語が省略されることが多く、目的語や動詞などが曖昧になる。ゲームの世界では「なんでもあり」なので、例えば「私はウナギだ」と言われた場合、日常の会話なら「ウナギを注文する」という意味を想像するが、ゲーム内ではウナギのキャラクターが「私はウナギだ」と言っているのかもしれない。また、日本語の「了解」も前後の説明がないと「OK」の意味か「NG」の意味かわからない。他にも、「神は永遠の眠りから目覚めた」という文章では、神が女性なのか男性なのかで神という単語が異なるし、話し方も異なってくる。そのため、ト書きや絵などの付帯情報による説明がとても重要になる。

また、日本語では単数でも複数でも「アイテムを○個手に入れました」と○の部分を変えても問題がないが、他の言語だと単数形と複数形で文章そのものが異なってしまう。だから、開発の際に単数形と複数形の2つのメッセージを用意してもらう必要がある。

ゲーム翻訳のむずかしさ

ゲーム翻訳のむずかしさは言語そのものを翻訳するだけではないというところにある。原文のテキストを正確に理解しオリジナルの意向を読み取り、カルチャルリファレンスを組み込み、翻訳と意識させないところにむずかしさがある。

 たとえば、日本では「水泳で50m泳げるようにする」という言い方をするが、ドイツでは「○○バッチをとる」という言い方が一般的。「50m泳げるようになる」とそのまま訳出するとユーザーは違和感を持つので、例えば「チョコボバッチを取る」と訳出してゲームに文化的な付加価値をつける。ほかにも、日本語版ではキャラクター作成の際に黒人のキャラクターが出てこなかったので、海外版では追加したような例もある。これも感情移入を促す為の文化的付加価値といえる。

まとめ

ローカリゼーションは、言語をそのまま他の言語に置き換えたり、キャラクターが持っているお箸をフォークに変えたりということではない。直訳してしまったらユーザーが違和感を持つ場合もあるし、お箸をフォークにしてしまったらゲームそのものの魅力を損なってしまうことにもなりかねない。

ゲーム翻訳の難しさの方が目立ってしまったが、もちろん楽しいことも多い。世界観を演出したりキャラクタライズしたりといったクリエーティブな要素も多く、プレーヤー(お客様)の声を聞くこともできる。なにより、ゲームクレジットに自分の名前が載る。これが一番うれしことかもしれない。
 

 


感想

今回の受講者は年齢層がいつものセミナーよりやや若い気がした。また、翻訳者が少なく翻訳会社の方が多かった。ゲーム翻訳という分野がわりと新しいということもあるとは思うが、TVゲームをする世代と現在活躍している翻訳者の年代がミスマッチしていてゲーム翻訳をできる翻訳者が少ないのかもしれない。
 

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