日本翻訳連盟(JTF)

翻訳に活かすライティング手法

第6回JTF翻訳セミナー報告
翻訳に活かすライティング手法

川月 現大
編集者、(有)風工舎 代表

中村 哲三 
(株)エレクトロスイスジャパン、
テクニカルコミュニケーター
東洋大学 非常勤講師

 



2012年度第6回JTF翻訳セミナー報告
2013年1月10日(木)14:00~16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●「翻訳に活かすライティング手法」
講師●川月 現大 編集者、(有)風工舎 代表/中村 哲三 (株)エレクトロスイスジャパン、テクニカルコミュニケーター、東洋大学 非常勤講師
報告者●津田 美貴 個人翻訳者

 



今回の講師はお2人。まず川月現大氏が編集者の立場から日本語ライティングについて語った。

そもそも編集者は何をしているのか

実際に編集者がどういう作業をしているのかを簡単に紹介する。

編集者が一番時間をかけている作業は「原稿整理」と「校正」である。編集者が力量を問われるのは「企画」、すなわち売れる本を作ることだ。そのほかにも、外部のデザイナーやDTPオペレーターへの「発注」や「進行管理」も行い、印刷業者への見積もり依頼・発注を行うこともある。一般的な事務作業・管理作業(予算管理など)もあるので、結構大変な仕事だ。

翻訳の校正と編集者の校正の違い

編集の校正と翻訳の校正は、少し内容が異なる。

翻訳の校正は「原文志向」で、①訳抜けがないか(基本的に文、単語レベル)、②適切な用語が使われているか(専門用語)、③誤訳が無いかをチェックする。

編集者の構成は上記の翻訳者の校正にプラスして、④内容が正しいか(原著者の間違いも含む)、⑤内容を伝えるのにふさわしい構成になっているか(文・段落の削除、入れ替えも辞さず)、⑥対象読者にふさわしい言葉遣いになっているかを確認する「内容志向、読者志向」である。

リピートされる翻訳者になるためには

「翻訳」とは顧客からアウトソーシングされた業務である。顧客は、翻訳は翻訳の専門家に任せたほうが良いものを低コストでできるから発注するのだ。翻訳者は、その翻訳を使うプロジェクトのメンバーでもあるのだから、そのような意識を持って仕事に向かってほしい。

翻訳者の仕事の目的は「翻訳すること」だけではない。あくまで翻訳原稿は作業結果(成果物)でしかないのだ。こういう視点、つまり、顧客が望んでいるもの(=プロジェクトの目的)から仕事のやり方や内容を検討すべきだ。

嫌われる翻訳文とは

正しい訳文と望まれる訳文は異なるので、そのことを考慮していない翻訳文は嫌われる。たとえば「ごまかし訳」。構文がうまく読み取れず、つじつまが合うように単語を適当に並べた訳文がこれにあたる。こういうときは「構文が複雑で訳出困難」など、何かコメントをつけてほしい。そのことで翻訳者の評価を下げることはないので、わからないならわからないと教えてほしい。

「意味不明の訳語の創出、一般的ではない訳語の使用」も嫌われる翻訳の1つだ。たとえば、news organizations を「報道機関、マスコミ」とせずに「ニュース出版社」と訳したり、laptop を「ノートパソコン」とせずに「ラップトップ」などがある。

他にも「一冊の書籍を複数の翻訳者で作業し、訳のレベルと文体に差がありすぎる翻訳」も嫌われる。ある程度の幅が生じてしまうのは仕方がないが、単著なのに複数の人が書いたような、あまりにも「性格二十面相」的なものはいただけない。実際、文体を整えるのはかなり苦労する作業なのだ。

日本語運用能力を向上させる方法

まずは読みやすい文章を目指そう。最終目標は「読者に考えさせない」文章だ。

日本語表記の基本ルールを復習することが大事。意外におろそかなのが句読点の打ち方だ。そのほかに、段落中の文末の「!」(感嘆符、雨だれ)と「?」(疑問符、耳だれ)のあとには全角スペースを入れるのが正書法だが、これが守られていないことが結構多い。

今一度、日本語の文法を復習されてみてはいかがだろうか?
 
 
続いて、中村哲三氏がご自身の経験から、英文ライティングについて語った。

英文ライティングの鉄則

 ビジネス英文ライティングとは、論理的でわかりやすい文章を書くことだ。この鍵は、「論理性」「明確性」「実務性」である。

「論理性」とは、英文テクニカルライティングに則った論理的な文を書くこと。「明確性」はグローバルイングリッシュ(国際共通英語)の考えに従うことで、Globishとは別物である。「実務性」は、制作現場での経験の蓄積である。

文章を書くための3つの基準を理解し、徹底する

文を書くための3つの基準とは、①視点(You、I、we、people、objectなど主語を何にするか)、②文の前後関係(コンテキスト)、③トーン(フォーマルな文章なのかカジュアルな文章なのかなど)に注意して、ライティングおよびチェックすることである。

 特に注意が必要なのは「受動態」の扱い方。受動態はモノ中心の視点なので、文意を弱め、タスクを隠す。主に開発者(視点を開発対象に置く)や役所のドキュメントで用いられる。もちろん受動態が効果的な場合もある。①責任をあいまいにしたい、言及すべきでないとき②行為者がつかめない、重要でない、または一般的なとき、③結果(人やモノ)に注意を引き付けたい、強調したいとき、④モノの状態を示すとき⑤プロセス、結果、法則に焦点が当たっているとき⑥客観性に重点を置くとき(cf.日本語の主語なし能動態)、などである。

効果的なライティングルールを身につける

文単位での効果的なライティングルールは、①Eighth-grade(8年生=中2)のレベルに合わせる、②明確で簡潔な文で表現する、③できる限り肯定文で書く、④You attitude (「あなたが~する」)で書く、⑤20~25 Words 以内を心がける(日本語では40~45文字以内)、⑥1文1義を心がける(1文1トピック)、⑦スラングや業界用語を避ける、⑧難解な用語や頭字語を使うときは、説明を加える、⑨差別のない言葉 inclusive language する、である。

上記を実現するコツは、①説明する順序に注意する、②ifで始まる条件節は先に出す、③不定詞句と動名詞句を適切に使い分ける、④能動態と受動態を効果的に使い分ける、⑤否定文はできる限り肯定文に書き換える、⑥冗長な語句は、簡潔な表現に書き換える、⑦行為は、名詞ではなく動詞で表現する、⑧there isやthere areは多用しない、⑨-ing形は、意味があいまいにならないように注意する、⑩修飾関係を分かりやすくする。
 
 パラグラフ(段落)単位での効果的なライティングルールは、①Eighth-grade(8年生=中2)のレベルに合わせる、②文章の目的を明確にする(適切なタイトルと本文)、③1パラグラフは約5つ(4~8)の文で構成する(約100words)、④1パラグラフ1トピックを心がける、⑤文章/パラグラフの論理構成を考える、⑥各パラグラフの量的なバランスを考慮する、である。

上記を実現するコツは、①文章の目的を明確にし、タイトルにも反映する、②タスク志向とトピック志向を使い分ける、③言いたいこと(トピック文)を最初に書く、④適切なサポート文でトピックを強化する、⑤パラグラフの展開パターンや順序を考える、⑥パラレリズム、キーワード、遷移語、モジュール化、箇条書きなどで適切な情報をチャンクする、⑦箇条書きを活用して、情報を分かりやすくする。

文章をわかりやすくする要素としては、①論理的な流れがある文、②読者の期待を裏切らない文、③階層化された構造、④パラレリズムを考慮、⑤読みやすい、わかりやすい文、⑥階層構造も含めて、読者の頭の中に移植することである。

書いた文章の可読性をチェックする

 読みやすさのチェックツールにFlesch readability scale がある。Flesch readability scale 60~70が8~9年生レベルである。これはWord のツールとして組み込まれていて簡単にチェックできるので、自分が書いた文章が読みやすいかどうかチェックするのも一つの手だろう。

また、英文ライティングとともに、翻訳しやすい日本語文の書き方、機械翻訳しやすい日本語文の書き方を研究し、ローカリゼーションを効率化できる文にすることも大切だ。
 


 

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