日本翻訳連盟(JTF)

よくわかる「照会事項」の翻訳実践  機構相談とは、照会事項とは? やってはいけない日本語→英語訳・英語→日本語訳とは?

2013年度第1回JTF 関西セミナー報告
よくわかる「照会事項」の翻訳実践  
機構相談とは、照会事項とは? やってはいけない日本語→英語訳・英語→日本語訳とは?

 

津村 建一郎氏
T Quest 代表
(株)アスカコーポレーション メディカルライティング顧問


 



2013年度第1回JTF関西セミナー
2013年5月23日(木)14:00 ~ 17:00
開催場所●大阪大学中之島センター
テーマ●「よくわかる「照会事項」の翻訳実践 機構相談とは、照会事項とは? やってはいけない日本語→英語訳・英語→日本語訳とは?」
講師●津村 建一郎氏 T Quest 代表、(株)アスカコーポレーション メディカルライティング顧問
報告者●近永 朋子 個人翻訳者

 



T Questの代表である津村建一郎氏に照会事項の翻訳についてご講授いただいた。まず、照会事項の翻訳の事例をご紹介いただき、その後、照会事項及び照会事項の回答文についてご説明いただいた。それらを踏まえた上で、照会事項と回答文を翻訳する際のポイントと方法を使って教えていただいた。

照会事項の翻訳事例の紹介

照会事項とは、申請者(医薬品開発企業)が新薬の承認申請のために提出した資料について、審査当局から送られてくる質問である。申請者は照会事項に対する回答を文書で提出する。回答の作成期間は通常、数日から2週間と短い。回答の作成には、外資系企業の場合、本国の支援や承認が必要となる。そのため、照会事項を英訳し本国に送り回答を得て、その和訳を元に日本語回答案を作成し、英訳して本国の承認を得るという作業を短期間のうちに行わなければならない。照会事項の英訳が不明確であると本国とのやりとりが増え、回答が不明確であると当局とのやりとりが増えるため、審査に時間がかかり、承認が遅れることになる。照会事項の翻訳は、短納期で正確さが求められるため、難易度が高いと言われている。
 
「正確さ」とは何か。ある日、照会事項の英訳の依頼が来た。しかし、訳文をクライアントに提出すると激怒された。クライアント(日本人)が求める正確さとは、当局が作成した日本語の文章を英語に置き換えるように表現もそのまま訳すことであった。後日クライアントが求める英訳を作成したが、それは本国の関係者には通じなかった。なぜこのようなことが起こったのか。それは、日本人にとっての「正確さ」と、英語読者が文章に求めることが違ったのである。このような違いはなぜ生じるのだろうか。

照会事項(質問)の特徴

照会事項など審査当局から発せられる文章は、長く、余計な情報が多く、一文に複数のトピックスが含まれているということが多い。これは、レビューの段階で関係部署への配慮などが反映されたものと推測され、情報が読み手に理解されることを目的としていない。このような文章のままでは英語読者に通じる英文に翻訳することはできないため、まず日本語の文章を整理する。主題を絞り込み、無駄な情報や余計な情報を削除し、平易な日本語で表現し、当局が本当に言いたいことを抽出する。その際、不明な点、曖昧な点、疑問な点などは、必ず発信元(当局又はクライアント)に確認し、勝手な解釈をしない。ここで誤解や取り違いがあると、以後の作業が無駄になる。照会事項を英訳する目的は、①読み手にアクションを求めること、②読み手の指示を仰ぐこと、③読み手に情報を伝えることである。このように原文の日本語と訳文の英語では目的が異なることから、英訳する前にリライトする必要がある。したがって、外注時にクライアントは、照会事項の原文とともに主題を特定した整理後の文書を示すと誤解のない翻訳物が得られる。
 
照会事項は申請者が治験相談や承認審査のためにPMDAに提出した資料について、審査官や査察官から送られてくる文書による質問である。照会事項にはいくつかの種類がある。治験実施前の治験相談のために提出した資料に対するもの、治験の結果を踏まえて作成された承認申請に対する承認審査のために提出した資料に対するもの、さらに、治験がGCPに適合しているかどうかを確認するために査察官が行ったGCP実施調査に関するものなどである。このような審査や査察を行うとPMDAの審査官や査察官は報告書を作成する必要があるため、不明な点があれば申請者に問い合わせる。これが照会事項である。審査官や査察官が納得しなければ、何度も照会事項のやりとりが行われる。

照会事項の回答文とは

照会事項の回答では、審査官や査察官が知りたいことについて答える。まず質問に対する申請者の見解(結論)を述べ、次にその見解が導かれた理由を説明する。照会事項の質問に対する回答になっていなかったり、先に提出した資料に記載されていないことを回答に書いたりすると、再度照会事項が送られてくる(再照会)。再照会を避けるためには、回答文ではまず結論から述べ、その後に見解を示し、余計なことを書かないようにすることが重要である。
 
照会事項の回答文にはビジネス文書の原則を適用するといい。ビジネス文書とは、情報を読者に正確に伝え、意思疎通をスムーズに行うために作成するものである。単に情報を伝えるだけでなく、その上で読者に何らかの行動を起こしてもらうために、内容を具体的に表現する必要がある。小説などの文芸文書にみられる美しい言い回しなどは必要ない。また、名称、数値、単位、日付などが間違っている文書は信憑性に欠ける。ビジネス文書では、筆者が何を伝えたかではなく、読者に何が伝わったかが重要である。読者の立場、環境、文化を考慮し、結論を先に理由を後に書き、読者が何度も読み直す必要のない文書を書く。
 
照会事項への悪い回答文の特徴は次の通りである。
・誤字脱字がある
・主語と述語が離れている
・形容詞などの修飾関係が不明確
・「~の」が重なる
・指示代名詞が多用されている
 
良い回答文は、悪い回答文の反対であることに加え、簡潔で一意であることを目指し次のことに注意する。
・読者である審査官らが理解し説明できる表現
・短く、一文に一トピックだけ
・箇条書きの利用
・数字/日付/単位が正確
 
審査官が照会事項を元に作成した承認審査報告書はPMDAのサイトに公開されているので参考にするといい。http://www.info.pmda.go.jp/info/syounin_index.html

照会事項と回答文の翻訳ポイント

翻訳の基本姿勢として、和文と英文の特徴の違いを考慮することが重要である。和文は、曖昧表現と長文を好み、主語がしばしば省略され、気分的に加えられた無内容なものが多い。英文は、断定的な表現と短い文を好み、必ず主語がある。そして、単数・複数や冠詞が重要である。このような特徴を考慮し、英訳する際は、和文をそのまま英文にするのではなく、まず和文和訳をすることを勧める。和文和訳では、①主題を見極め、②重要な単語や語句を主語とした主文を文頭にし、③修飾関係を明らかに、結論を先に、説明を後に書く。和文和訳した文を英訳すれば簡単になる。

まとめ

照会事項等の当局の発する文章は極めて特異的なものである。その特異的な文章を読み解き、当局が何を言いたいのか、何を知りたいのか、文章を整理して主題を明確にしてから(和文和訳)英訳し、本国の関係者への依頼事項を明確にする。照会事項の回答は、審査官らが知りたい情報を過不足なく伝えることが重要である。
 


感想

照会事項を正確に翻訳するためには、クライアント、翻訳会社、翻訳者の3者が照会事項の特徴と日本語と英語の違いを理解していることが重要であると思った。クライアントは照会事項を翻訳するためには一手間必要であることを認識し、原文の文章を整理したものを外注時に提出することが望ましい。翻訳会社には、照会事項は言葉の置き換えではなく、重要な点が抽出されたものであることを理解して参考資料を入手しレビューして欲しい。翻訳者は、照会事項とその回答の目的を理解し、円滑なコミュニケーションの助けとなるよう努めるべきだと思った。翻訳者の立場から言うと、和文和訳をするときの疑問点は確認するとあったが、実際には夜中や週末にかかることもあり難しいため、事前に知らせてくれると助かると思った。


 

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