日本翻訳連盟(JTF)

3-3 ライフサイエンス分野:翻訳市場の世界展開

パネリスト:

佐々木 薫

ローカリゼーション
コンサルタント

見藤 舞利子

メディカル翻訳者

モデレーター:

石岡 映子

株式会社 アスカコーポレーション 代表取締役社長、JTF理事

報告者●染矢 尚美(フリーランス翻訳チェッカー)


第1部:講演:佐々木氏

翻訳市場の世界展開において、お伝えしたいメッセージは2つある。「世界へ飛び出そう」、「使えるツールは使おう」である。このメッセージについて、これから具体的にお話ししたい。

1.    今、世界で、日本で

ライフサイエンスを取り巻く状況として、高齢化社会、需要地の変化(新興国の増大)、日本の位置づけの変化(マーケットの割合、世界の人口、GDPとも日本の占める割合は減少傾向にある。)、研究開発拠点の海外シフト、研究開発費の増大(低分子医薬品からバイオ医薬品へ)、グローバル臨床開発、ドラッグラグ等を挙げることができる。

2.    ライフサイエンスの翻訳

ライフサイエンスを取り巻く環境が変われば、翻訳に求められるものも変化する。具体的には、翻訳が小ロットかつ頻繁にハンドオフ、大量かつ短納期に、翻訳賞味期間の短縮、国内からだけではなく、海外からも直接受注するようになってきたこと等である。ライフサイエンス分野で翻訳を依頼するクライアントにとって、日本語は世界のマーケットにすぎない。ドラッグラグの短縮、翻訳コストがクライアント、ユーザーにとって価値があるものか、クライアントが見ている市場の変化に対応し、翻訳のプロとして、ニーズを理解し「ソリューション」を提供するサービスが今後求められるであろう。

3.    ブルーオーシャンにこぎ出そう

海外、日本のクライアントの声に耳を傾ければ、今ある日本の翻訳市場の奪い合いではなく、クライアントの市場を拡大するために貢献できるはずである。つまり、「翻訳」というパーツを用いるのではなく、「翻訳」を含む「ソリューション」を提供し、技術革新を味方につけることが必要となってくる。
この観点から、翻訳会社、翻訳者にできることは、1. 顧客の状況・立場を理解する、2. ユーザー(翻訳を実際に読む方)にとっての翻訳が意味することを理解する、3. 自分のサービスのマーケットでの位置づけを理解し、顧客にとって価値あるソリューションを提供することである。変化しないものとしては、翻訳能力(英語力、日本語力、専門知識)があるが、必要とされるレベルは上がってきている。ライフサイエンスだけに限らず産業翻訳は「翻訳」という固定されたパーツではなく、目的とユーザーをもつ「ソリューション」である。市場の変化をとらえ、チャンスをつかもう。

第2部:ディスカッション

佐々木氏の講演に対し、見藤氏がメディカル翻訳者としての見解から疑問点を質問する形でディスカッションが行われた。

見藤氏: 世界的なライフサイエンスの変化に対し、翻訳会社ではどのようなサービスを提供するのか、クライアントはどのような希望をされているのか。

佐々木氏: 各翻訳会社がクライアントの希望に対応している状況についてお話しする。1.多言語対応、2.メディカル分野のクライアントのwebを担当する。(検索エンジンで上位にリストアップされるように、翻訳文にある特定の語を入れるなどのサービス)3.スピード優先のものに対する機械翻訳(メモリツールなど)の導入などが増えてきている。

見藤氏: ニーズの多様化の対応の中に、翻訳支援ツールの使用があげられたが、ツールを使用すると却って作業単価、訳質が下がるのではないかという危惧があり、支援ツールの使用に積極的でない翻訳者も多い。これについてはどうお考えか。また、ツールはどの程度使えるのか。ツール使用の注意点についても併せてお伺いしたい。

佐々木氏: ツールの使用は今やITでは必須である。結局はツールは使う人、使い方次第である。ツールに頼ってしまう翻訳者ではマイナスに働くが、ツールを使って取捨選択が可能な、スキルがある翻訳者なら、作業効率を高め訳質を上げることも可能であろう。ツールの向き不向きであるが、ドキュメントの種類に関して述べるならば、これまでのドキュメントの蓄積がない分野は不向きである。そのような場合でも、自分でグロッサリー機能だけ使用すること等は可能である。

見藤氏: 情報の管理、セキュリティが厳しくなっているが、どのようにメモリを蓄積するのか。また二次利用は可能なのか。

佐々木氏: 従来はファイル形式で翻訳者に参考資料やメモリを提供してきた。セキュリティの制約がある中、二次利用ができるかは契約次第である。クライアントのサーバーに参考資料やメモリをあげておいて必要な時に情報共有させる方法をとれば、クライアントにとって情報管理の意味でプラスであると考える。また、翻訳者にとってもクライアントが資料をまとめてくれる点でプラスであろう。

見藤氏: スピードアップ、品質向上、ツールの利用以外に、翻訳者が翻訳の流れの中でサービスに関してできる貢献はあるか。

佐々木氏: 編集、英文でのサマリー作成、およびライティングなどの翻訳関連業務に幅広くトライしていくなど、一連の流れの中でクライアントの目的に従った貢献が可能である。業務の幅を広げることによりクライアントの目的、ニーズをより理解することになり、その結果よい訳にも繋がるのではないか。

石岡氏: 弊社は医学関連の翻訳を行っているが、海外から直接の依頼およびツールを使ってほしいというリクエストが増えていると感じている。近年、ツールの使用が条件になっている依頼も多い。弊社はツールの使用に関して積極的ではなかったが、世界の動向としてニーズが増えてくれば、向き合わざるを得ない。クライアントが、ツールの使用を望む理由は何か。1つにはセキュリティの問題を解決するためということが考えられる。佐々木氏がお話し下さったように、参考資料やメモリが外部に漏えいするリスクをツールを用いて減少させることが可能である。また、多言語対応の話が出たが、日本語だけの翻訳で終わらなくなってきており、この点でもツールを用いることは、時間、コストの面で不可避となってきている。
「ソリューション」という言葉が何度も出てきたが、そもそも「ソリューション」とは何か。初めは漠然とした印象を持った方が大半ではなかっただろうか。ソリューションとはユーザーやクライアントを意識して、翻訳会社と翻訳者は何でもやろうとする姿勢であると考える。変化への対応もまたソリューションの1つである。ソリューションをクライアントに提供することにより、翻訳会社、翻訳者ともにスキルが上がり次の希望へとつながるであろう。

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