日本翻訳連盟(JTF)

30年の翻訳体験から語りたいことと、市販の翻訳ソフトの試訳結果の説明

2013年度第6回JTF翻訳セミナー報告
30年の翻訳体験から語りたいことと、市販の翻訳ソフトの試訳結果の説明

 

吉川 潔  特許翻訳者


 



2013年度第6回JTF翻訳セミナー
2014年1月22日(水)14:00~16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●「30年の翻訳体験から語りたいことと、市販の翻訳ソフトの試訳結果の説明」
講師●吉川 潔 特許翻訳者

 



今回の講師は吉川潔氏。会社勤務後に、30年前に翻訳者として独立。70歳の今も特許翻訳者として活動中。30年にわたる翻訳人生を振り返って、地方で在宅で翻訳しながら人並みの収入を得る方法と市販の翻訳ソフトの試訳結果について、話してくださった。

概要

翻訳を始めた当初、原子力発電の資料やコンピューターの取扱説明書の和訳を行っていたが、訳文が堅苦しく取扱説明書に不向きと言われ発注停止になり翻訳生活が苦境に陥った。しかし、捨てる神あれば拾う神ありで、別の会社から特許明細書の翻訳を承り、その指導を受けながら仕事を受注し、現在は特許明細書の英訳がほぼ100%である。

翻訳会社に英訳の評価を尋ねたら「英語になっていればOK」という返答だった。具体的には、訳抜けがなく、参照数字のミス、誤字脱字、不備な修飾関係、単数と複数の区別、原稿に未記載な事項を含めた原稿の不備なところを修正して英訳してあれば良い、即ち、最低限度の日日翻訳でOKという返答だった。

日日翻訳(?)

日日翻訳とは、欠陥のある日本語原稿を正しい日本語原稿に訂正してから英訳し、それをコメントに記して納入し、クライアントのチェックを簡単にするという意味である。

例えば誤記。原稿に「事故は自動車の加速度のために発生」とあったら、「過速度」の誤記と気付きover speedと訳出できるかということである。

「サンプルAとサンプルBの直径は、サンプルCの直径と同じ」という文章があった場合、皆さんはどのように解釈するだろうか? ①サンプルAの直径=サンプルBの直径=サンプルCの直径、②サンプルAの直径+サンプルBの直径=サンプルCの直径。この原文ではどちらの意味にも取れる。前後の文章や図面を参照し、必要事項を補充して正確に英訳する必要がある。

日本人は単数と複数の区別に鈍感だが、アングロサクソンは敏感という点も注意する必要がある。例えば「プログラムは、コマンドを有する複数のメニューを含んでいる」は、(複数のメニューが一つのコマンドを有する(プログラムには一つのコマンドだけ存在))か、(プログラムは、複数のメニューを含んでいて、各メニューが一つのコマンドを有する)か不明であるが、後者(下記の英文)が普通である。
A program includes a plurality of menus each having a command.
従って、日本語原稿にない(各each)を加えて英訳することになる。

 吉川氏は、翻訳エネルギーの50%以上を上記に費やしている。「日日翻訳で、英語になっていればOK」という翻訳態度は誤解されやすい。あくまでも私見と語っていた。
 
翻訳していると辞書に非記載の用語や語句がでてくる。その適訳を調べるにはどうすればよいか? インターネットで論文を調べると記載例が見つかることが多い。その具体的な方法を説明された。従って、英語力だけでなく、インターネットやグーグルの検索機能の活用能力が勝負の分かれ目になる。

翻訳稼業を長く続けるための必須事項

前述のように、技術資料、特に特許関連の原稿は訳しづらい。新規の自然科学の事象を文章だけで説明することは難しい。以前、翻訳原稿に不備が多いので苦情をいったら「不備を訂正しながら訳すことを期待して頼んだ。無理ならば都内の若人に変更して養成する」と一喝された。言い換えれば、原稿の欠陥を訂正して翻訳し、訂正部をコメントに記載して提出すると、クライアントの信頼感を得ることになる。

いま特許関連の第一線で翻訳をしている人は、①不況で犠牲になった理系の人が、特許事務所に転職し弁理士を目指す一方で翻訳も担当している、②海外留学した英語能力の高い文系の人が特許事務所に勤務し、理系の勉強をしながら海外提出業務すなわち翻訳を担当、③あるいは①②のようは優秀な人達が特許主体の翻訳会社に常駐し、互いに切磋琢磨して翻訳を担っているのが主だ。在宅の翻訳者が優秀な人達に負けずに翻訳を受注するには、翻訳対象の分野の学習が必須である。

では、どのように学習すればいいか。①初心者向けの基本事項を記載した書籍を読む、②幕張メッセや東京ビックサイトで催される新技術の展示会(モーターショーなど)を見学、③科学技術館などを見学、神宮球場の近くのテピアのビデオライブラリを自宅で見るとよい、④自動車や電気製品の工場見学、⑤翻訳支援ツールを実際に使ってみたりするなどの方法がある。

翻訳業界の全体的な受注量よりも翻訳者の数が多く、優れた翻訳者が続々と参入しているので、積極的な営業も必要。翻訳会社を訪ね、自らの翻訳技能を売り込むことも必須。訪問すると、営業成果だけでなく、業界傾向、自らの欠点、必要な学習がわかる。

アベノミクスは翻訳業界に浸透しておらず、翻訳者は辛い日々をすごしている。そこで、家庭教師、或いは、在宅でパソコン使用で稼げる、ホームページの作成、テープ起こし、印刷のDTP、電話のコール業務、又は介護職の兼務も、食べていく上では大切。仕事がないからと遊んでいるのが最悪。翻訳の注意事項を忘れ、パソコンの感覚も鈍り、精神的にも荒廃する。自らの生き方と少し異なっても、生活維持の燃料として、翻訳者の知見と技術を在宅可能な他の職種に応用してみる。そうすると、他職種から翻訳のヒントを見出すこともあるのだ。

翻訳ソフトの試訳結果

30年前に翻訳を始めた頃、翻訳会社から初期の翻訳ソフトの試訳モルモットを頼まれた。それ以来、動向を気にしていた。10年前から、数社の翻訳ソフトとインターネット上で無料翻訳可能な幾つかを試訳していた。その試訳方法と結果を概略的に説明されていた。

終わりに

30年の翻訳人生には様々なことが発生した。最も衝撃的だったのは10年前に発生した水害と中越地震である。2004年7月の豪雨で堤防が決壊し、我が家は1階が水没。翻訳室は棚が横転しパソコンが土砂に埋没、流木が窓を突き破って残っていた。後始末が一段落した10月に中越地震が発生し、テンテコ舞いだった。午前は復旧作業、午後は仮住まいで新規購入したパソコンを調整し翻訳作業を再開した。そんな中で最も嬉しかったのは、翻訳会社が私を応援するために仕事を多めに発注してくれたことだった。
町内会の役員として、災害後の復旧作業用に道路の一部を寄付し、近隣に居住する外国人用に防災マニュアルと地域資料を英中韓に翻訳していたら紺綬褒章を受賞し光栄に存じています。翻訳業界のバックアップのおかげです。災害時の全国各地からのボランティアと義援金の支援とともに、改めて御礼申し上げます。

 


講師の後日談

 セミナーの終了終、85才で特許翻訳を行っているという参加者から「70才は若い」と督励されました。吉川にとっても、新たな闘志の出てくる翻訳セミナーでした。
 

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