日本翻訳連盟(JTF)

[翻訳祭29.5報告]翻訳力の基礎 – プロが紹介する翻訳スキルの学び方

JTF Online Weeks(翻訳祭29.5)セッション報告

  • テーマ:翻訳力の基礎 – プロが紹介する翻訳スキルの学び方
  • 日時:2020年11月14日(土)16:00~18:00
  • 開催:Zoomウェビナー
  • 報告者:伊藤 祥(翻訳者/ライター)

登壇者

駒宮 俊友(コマミヤ シュンスケ)

翻訳者。インペリアル・カレッジ・ロンドンにて修士号を取得(翻訳学)。ビジネス、法律、旅行、アートなどさまざまな分野の翻訳、校正、ランゲージリードの業務に従事する一方、翻訳に関する講演やワークショップ、執筆も行っている。

松丸 さとみ(マツマル サトミ)

フリーランス翻訳者・ライター。学生や日系企業駐在員としてイギリスで計6年強を過ごす。現在は、フリーランスにて翻訳・ライティング(・ときどき通訳)を行っている。訳書に『FULL POWER』(サンマーク出版)、『限界を乗り超える最強の心身』(CCCメディアハウス)等がある。


一口に翻訳と言っても、文芸翻訳、ニュース翻訳、実務翻訳など、翻訳にはさまざまな種類がある。分野や読者、あるいは翻訳の用途によって翻訳者の求められるものは異なる一方、あらゆる翻訳の仕事に共通するスキルや考え方も数多くある。

本講演では、翻訳通訳学習者、翻訳者、翻訳会社の実務者の方、クライアント、翻訳会社の経営幹部の方にむけて、翻訳のジャンルを問わずに役立つ原文分析やリサーチのコツや、翻訳ストラテジーというコンセプトについての解説に加え、実際の訳出にどのように実践されているか、訳文をもとに説明、またはだれもが訳出に悩む難しい単語について、その訳出プロセスについてお聞きする。そのほか、品質向上のヒントとして、マルチランゲージベンダーで普及しつつあるLQAおよびランゲージリードについても紹介する。

初学者には翻訳のスキルアップにつながる気づきや、経験者には今まで学んだことを復習したり、別の角度から考え直すような機会になることを狙いに、専門もタイプもまったく異なる松丸氏、駒宮氏二人の翻訳者が、翻訳スキルの本質についてのレクチャー、随所に翻訳への愛が垣間見える対談、そして訳文の訳語選定を追体験できる解説と、密度の濃い2時間のプログラムが展開された。

そもそも翻訳とは何か?コミュニケーションとしての翻訳

【駒宮】まずは、「翻訳とは何か?」ということを考えたときに、「翻訳とはコミュニケーションである」という考えを私は持っている。拙著の引用で恐縮だが、「翻訳にはこれまで人生で歩んできたキャリアや、学んできたこと、趣味や読書など、あらゆる経験が必ず活きる」(翻訳スキルハンドブック318ページ)。もともと自分は翻訳が好きというより映画が好きで、映画学を学び映画の研究者になりたいと考えていた。しかしその後は、海外の大学院で翻訳学を専攻し、縁あって翻訳者となった。

一方で、それまでに観てきた映画作品や、映画体験を通じて考えたことが、今の翻訳の仕事にまっすぐつながっていると感じることも増えた。

仕事や学問というのは、趣味や考え方の異なる相手の存在を知り、他者について理解するための足掛かりになる。そして、それこそがコミュニケーションの本質である。翻訳は「自分と異なる背景や認識の相手にも届く言葉を紡ぐ仕事」だと思う。

【松丸】私も翻訳はコミュニケーションだと思っていて、コミュニケーションを重視している人間だ。翻訳とは、「ある人の言葉をまた別の人に伝える、自分とはまったく関係ない人の言わんとすることを自分というフィルターを通して違う言語で届けること」だ。その言葉はただ辞書に載っているから右から左というのではなく、その人の言葉を自分の中で消化して届けることでコミュニケーションの部分を担っている実感がある。あらゆる経験が生きるというのは本当に同感で、今ニュース翻訳の勉強会に携わっているが、人様の訳を見るにつけ、その人が普段吸収したものが全部出た翻訳になっていると感じる。

【駒宮】まったくその通り。その人の勉強量が訳文の質として露わになってしまうところが、魅力でもあり怖さでもあると思う。同時にそこにはやりがいもある。翻訳とは関係ないと思っている日々の生活が、翻訳の出来に直結してしまう。

翻訳スキル向上のヒント、5つの翻訳スキルの紹介

【駒宮】ここからは「翻訳が上手くなるにはどうしたらよいのか?」ということをお話していきたい。そもそも「翻訳が上手くなる」とはどういうことなのか。

翻訳者は、さまざまな翻訳プロセスを通じて翻訳をつくっていく。翻訳プロセスの中身は、初学者には具体的にどんなものかわかりにくい部分だと思う。この「ブラックボックス」の部分をなくす、あるいは減らしていくこと。つまり、翻訳プロセスを言語化し整理するのがスキルアップの1つのポイントになる。

翻訳に必要な基本スキルをまとめると、「原文分析スキル」、「リサーチスキル」、「ストラテジースキル」、「翻訳スキル」、「校正スキル」の5つになる。

【松丸】私は感覚的に訳してるからこうしたスキルには則っていないだろうと思っていたが「翻訳スキルハンドブック」を読んでみると全部やっていることだった。翻訳者には他にも自分は感覚派で、このようなセオリー通りには行っていないのではないかと思う人がいるかもしれないが、意外と実はきちんと手順を踏んでいるという人が多いのではないか。

1.原文分析とは

リサーチや翻訳などの作業を円滑に進める前準備。

原文のジャンルや、掲載媒体(翻訳の用途)、文法/文体/ことば遣いなどを見極める作業を行う。翻訳はこの前準備が非常に重要である。

2.リサーチ

原文の理解や翻訳作業に必要な情報を調べる。

例えば、絶対に間違ってはいけない固有名詞(会社名・人物名・商品名)などや、原文の分野や関連するジャンル、原文に類似したテキスト、文体やことば遣いを決めるための情報などを調べる作業である。

リサーチは、入念にすると訳文の品質向上が見込める反面、見極めをつけないと際限がないので、締め切りとの兼ね合いなど注意が必要である。自分の専門分野を作ることで、知識が蓄積していくので、リサーチの時間を削減し、その分を翻訳や校正の作業に使うことができる。

3.ストラテジー

自分の翻訳の「作戦」を決める段階である。想定読者やテキストの要素を踏まえて言葉遣いや文体など翻訳の方向性を決める。例えば、同じ医療系の文書でも、一般向けに翻訳するのと医療従事者向けに翻訳するのでは違ってくるはずだ。このように、想定読者や使用場面、掲載媒体に加えて、指示書やスタイルガイドといった翻訳会社やクライアントからの指示も踏まえて、ストラテジーを組んでいく。

4.翻訳

実務翻訳における「良い翻訳」の定義とは、①誤訳がない、②想定読者にとって読みやすい、③指示書およびスタイルガイドを順守している、④想定読者に適した文体と言葉遣いを選んでいる、⑤訳語や文体の不一致がない、ということがあげられると思う。中でも、最初の3つは、特に重要ではないだろうか。読みやすく、誤訳のない翻訳を目指して様々なスキルを活用したい。

5.校正

翻訳作業の段階で気づかなかったエラーの直しや、クライアントの指示書およびスタイルガイドを順守しているか再度確認することで、誤訳や訳抜け・表記のゆれ/不統一・文法上のエラー・読みやすさの向上(訳文の洗練化、冗長な文章や不自然なコロケーションの修正)・文体やことば遣いの統一に関する修正を行う。

【駒宮】最初は自分の訳文を客観視することは誰でも難しい。自分の訳を校正する際は、翻訳作業を終えてから、なるべく時間を空けて取り組んだ方がいい。

【松丸】ニュース翻訳では納期が短いのでなかなか訳文を寝かせることができないが、代わりに音読で確認するようにしている。読んでみてわかるリズムや言葉の重複などもある。300ページぐらいある本の翻訳でも音読する。

【駒宮】音読してみると意味の通じない箇所に気づきやすいので、誤訳を発見することもある。

ニュース・出版翻訳で活用する翻訳スキル 原文分析や読者の想定

翻訳の5つのスキルの運用を説明する上で、ニュース翻訳を例にとってみる。通例、オールドメディアのニュースは文体が似たものが多いので、その文体で書けば、ニュース翻訳らしくなるのに対し、新進のBuzzFeed Newsはニュースの種類が政治・事件などのストレートニュース、クスッと笑うようなやわらかネタ、考えさせられる読み物とバラエティーに富むので、原文分析のスキルを磨くことができると思い今回の題材に選んだ。

原文を読んでまず、だれがなにをだれに向けて伝えているのかを判断し、例えば、ストレートニュースなら常体の「だ、である」、やわらかネタであれば内容によって敬体の「です、ます」または語りかけ口調やスラングを入れたり、読み物も内容で敬体か常体かを決める。このように、原文の記事タイプを分析、訳文のスタイルつまり翻訳のストラテジーを決める。

また、ストレートニュースでも経済記事とTwitterの引用では文体をまったく変えている。BuzzFeed Newsはスラングが多いので、辞書にない言葉も多く、訳語はネットで活きた言葉を検索するようにしている。

【駒宮】よく翻訳者志望者・学習者は自身を作家に重ねがちであるが、実際は実務翻訳者やニュース翻訳者はスタイリストに例えるほうが近い気がする。TPOに合わせた服装を選ぶように、柔軟に言葉を選ぶ必要があるからだ。

ところで、依頼されるニュースのジャンルはどのように決められるのか?

【松丸】自分の得意な分野を申告するのと、実際にいくつかやってみて、得意な分野の案件のオファーが来ているような気がする。得意な分野をやった方が依頼側も翻訳者もウィンウィンの結果になると思う。

【駒宮】ライターとして文章を書くことの翻訳への効果は?

【松丸】ライターと翻訳を両方やるようになり、翻訳はただ原文に忠実にあるだけでなく、自分の翻訳をライターの目で見て、より自然な言い回しとはなにかという工夫をするようになった。想定読者を意識して読みやすさを考えられるようになった。

リサーチと正しい訳語の選定

訳語選定のためのリサーチの一例をあげると、2020年6月のBuzzFeed Newsのアメリカの人種差別問題のニュース“Want To be A Good Ally?”(人種差別問題。良き理解者・協力者でいるために)という記事で出て来た“ally”という単語だ。辞書では「同盟国」とか「協力者」というのが代表的な訳語である。一方、当時allyに関連する訳語として、ニュースなどでLGBTQの協力者・理解者という意味で「アライシップ」という言葉が使われていた。そのため、アライシップは、読者にLGBTQの話題という誤解を与えかねないと思い選択しなかった。理解者という言葉だけでは弱く、支援者では上から目線のような気がしたため、苦肉の策で最終的に、「理解者・協力者(アライ)」という訳語に決定した。こういった訳語への思考プロセスは、編集者に伝えるようにしている。

参考記事

【駒宮】ニュース翻訳の定訳のリサーチ方法は?

【松丸】自分の翻訳している媒体の過去記事を調べるのが大原則。例えば新聞社ごとに少し表現が異なったりする。媒体によって指標にしている新聞社がある場合があるので、それを確認したり、申し送りの際に出典を示したりする。定訳の有無は、話題の新旧などである程度推測し、いろいろなワードで検索をしてみて定訳の有無を判断。新語の定訳形成の定点観測。その時点の訳をしていく。最近ではsolidarityが「連帯」という定訳に収斂した例は参考になる。

実務翻訳とニュース・出版翻訳の共通点・相違点

共通点は、ブランドイメージや媒体イメージの維持、スタイルガイドや編集方針を順守すること。これはイメージを守ることにつながっている。

相違点は、出版翻訳は著者のイメージを壊してはいけないこと、ニュース翻訳では英日それぞれの読者が持っている情報量の違いに配慮し、翻訳者が補足する必要性があるものは補足することである。

【駒宮】出版翻訳前の著者についてのリサーチは?

【松丸】例えば、「限界を乗り越える最強の心身」の著者サキョン・ミパム氏は、北米で活動しており、文章もアメリカの出版社でアメリカ英語であった。ところが、文中で「公園でfootballをしている」という記述があり、footballは米語ではアメフトなので違和感を抱き、さらに調べたところ動画で、チベット出身でインドに亡命し、幼少時のうちにスコットランドに渡ったので、英語はスコットランドで覚えたと発言していた。それで、この人が言うfootballはサッカーだと判断し、サッカーと訳した。カタカナでフットボールと書いたら、読者はアメフトかラグビーかサッカーか迷ってしまうと思うが、サッカーとすることですっと読めるようになったと思う。

翻訳の仕事で求められる、翻訳以外の大切なスキル「説明スキル」

翻訳の仕事で求められるスキルには、先ほど紹介した5つの基本スキルに加え、自身の(あるいは他人の)翻訳や作業プロセスをロジカルに考えて説明するのに必要な「説明スキル」もある。

翻訳には、論理だけでも、感性だけでも足りない、いわゆる「論理に裏打ちされた感性」というべきスキルが必要である。翻訳のプロセスやスキルが何のために使われるのか理解し、根拠に基づいた意思決定を行うことで、翻訳の品質自体の向上も望め、適訳の再現性も向上する。また、説明スキルは、翻訳作業時に発見した問題、または今後起こりえる問題について、顧客にQAシートなどで報告する際にも効力を発揮する。これにより、顧客との問題共有を潤滑に行うことができる。

翻訳プロセスの検討 ~出版翻訳の翻訳原稿の解説

【駒宮】後半は、松丸氏が翻訳された、「限界を乗り越える最強の心身」(CCCメディアハウス)(著:サキョン・ミパム、訳:松丸さとみ)を題材に、実際の翻訳プロセスの検討に入りたい。

【松丸】この本は2018年に持ち込み企画で出版が実現した。原書を読んで、これはどうしても世に出したいと思った。チベットのお坊さんがランナーに向けて書いた本だ。企画書には、本の紹介、著者の紹介、本国でどんな評価を受けたかをまとめたレジュメに、試訳をつけて提出した。この本では運良く最初の出版社で決まったが、以前のケースではお付き合いのない出版社に、その本の分野が得意な領域だったので、飛び込みで電話をかけたこともある。中学生が好きな子のおうちに初めて電話をかけるかのようにドキドキした(笑)。惚れ込んだ本のある出版に興味のある人は、ぜひ挑戦してみていただきたい。

【駒宮】「出版翻訳はどのように仕事を探したらよいのかわからない」と思っている人も多いと思うが、今の話をお聞きして、ただ機会を待っているのではなく、積極的に行動してみることの大事さを感じた。

【松丸】出版社も全然知らない翻訳者に、翻訳させるのも心配なので、きちんと試訳をつけて、訳せることのアピールも必要だと思う。自分の実績を添付することも重要だ。

ストラテジーから考える「直訳 vs 意訳」

「限界を乗り越える最強の心身」の原文を分析すると、簡潔な文体・言葉遣い・用語選びや、省略形が多用されていることがわかる。また、主語はWeで統一されている。言い換えると言うよりは、同じ表現を繰り返している傾向もみえる。文中に頻出する、距離を示すmileの単位をどのように訳すか、なども検討ポイントになる。

次に「ストラテジー」を考える必要がある。ちなみに、「直訳」と「意訳」というのは、昔からある非常に古典的な翻訳ストラテジーと言えるかもしれない。それぞれの言葉の定義は時代や分野によっても異なる。たとえばクライアントから「意訳でお願いします」と指示を受けた場合、求められる翻訳をそれだけでイメージするのは難しい。そうした判断には、QAシートに対するクライアントからの回答や、(後ほど述べる)LQAの内容などを参照していくとよい。

【駒宮】意訳について、翻訳会社より可否を指示されることはあるか?

【松丸】産業翻訳では意訳は全て申し送りにしてほしいと言われたり、ニュース翻訳では絶対に意訳しないでと言われ、やむを得ない場合は申し送りにした場合もある。逆に、読者の読みやすさが第一というポリシーということで、意訳大歓迎というクライアントもいた。

【駒宮】「限界を乗り越える最強の心身」の想定読者は?

【松丸】原書は瞑想に興味のあるランナーに向けて書かれているが、日本に紹介するにあたってはランナー向けとするのか、もっと広い意味のビジネス書として出すのか出版社が検討した結果、後者となった。実際この本はビジネス書として出版されているが、書店の判断でチベット仏教のコーナーに並べられていることもある。ランナーだけでもなくビジネスパーソンだけでもない広範な読者を想定した。なので、例えばフルマラソンを3時間以内に走ることを指す「サブスリー」といったランナーだったら必ず知っているような言葉についても注釈をつけた。

【駒宮】シンプルな文体や繰り返しの多い表現を、どう翻訳されたのか?

【松丸】著者の文体は、親しみやすく同じ目線に立った文体であると感じた。著者は宗教団体のトップなので本来上からの目線で書いてもよいところだが、同じ目線に立って書かれている。それなので、親しみやすさ・わかりやすさという点を表現として気をつけた。また僧侶なので常体で訳してもいいところだが、内容から「ですます調」で訳した。

【駒宮】マイル(mile)で表記されている距離の表現についてはどう工夫したか?

【松丸】フルマラソンについて言っている所については、日本では42.195キロの方がマイル表記より浸透していると感じたので42.195キロを採用し、10マイルがキーワードとなっている箇所については、16キロとするとなぜそんなに中途半端な数字なのかと迷うと思ったので、10マイル(16キロ)という表記にした。

訳文検討

unhappyはみじめな気分

<原文> However, when we become overwhelmed by longer hours at work, more e-mails, or more parenting duties, we become irritable, moody, and unhappy.

<訳文> しかしながら、長時間働いたり、たくさんのメールを処理したり、子育てでやることが増えたりすると、私たちは怒りっぽくなり、不機嫌になり、みじめな気分になります。

unhappyは翻訳者ならだれもが悩んだことのある単語だと思う。メールを処理したりやることが増えたりしたら「不幸になるか」と言うとちょっと違う。私だったらどういう感情になるかと考えて、「みじめな気分」というのがしっくりくると思った。またこれが、「みじめになる」と言うと、そこまでその人が否定された状況ではないので、気分になるだけというぐらいがちょうどいいと思った。

テクノロジーか技術か

<原文> For all the technological advances of our age, our ability to deal with stress has not necessarily improved.

<訳文> この時代におけるテクノロジーのあらゆる進化をもってしても、ストレスと向き合う私たちの能力が向上したとは言い難いものです。

技術といえばその日本語の指す範囲は広範であるが、日本語でテクノロジーといえばITなど身近に触れるテクノロジーが先に頭に浮かぶような気がする。そのためテクノロジーの方が限定できると考えた。

worryを心配ごとと訳したのは

<原文> However, by strengthening the mind in meditation, we are not necessarily training it to handle more worry.

<訳文> しかしながら、瞑想で心が強くなるからといって、必ずしもより多くの心配ごとに対処できるよう心をトレーニングしているわけではありません。

worryはいくつか対応の訳語があるが、例えば、「懸念」だと、瞑想などの話をしているときに「私ちょっと懸念があって」とは言わないので、「心配ごと」とした。当初は「事」は漢字にしていたが、編集者の判断でひらがなにした。

LQA/ランゲージリードについて、その視点から見た翻訳者へのメッセージ

【駒宮】最後にLQA(Language Quality Assurance)と、ランゲージリードという仕事について、翻訳スキルをアップさせるためのヒントとしてご紹介したい。

LQAとは、翻訳のさまざまな要素(文法や用語、正確性、読みやすさ、一貫性など)をチェックし、翻訳の品質を評価するものである。

また、ランゲージリードというポジションは、翻訳会社(翻訳者)とソースクライアントの間に立ち、コミュニケーターとして仕事を行う。翻訳に関する双方の意向を理解し、それぞれにアドバイスしたり、あるいは翻訳者や翻訳会社にフィードバックを提供したりする。翻訳の仕事を始めたばかりの時は、翻訳の品質に問題があると翻訳会社やソースクライアントから言われた場合、自分自身のスキル不足だけが問題と考えがち。実際は、品質の問題にはさまざまな要因が関わってくる(翻訳依頼時に支給された参照物や資料の内容、納期など)。そうした点を指摘し、チーム全体にアドバイスすることで、翻訳の品質向上を目指してサポートする。

LQAは、スコアカードをベースに翻訳の品質を評価するもの。基本的にはエラーの種類や重大性(Severity)を指摘した上で、詳しい説明コメントを添える。また、LQAのスコアや内容に対して、翻訳者は再検討を求めることもできる(一般に“Arbitration”と呼ばれる)。LQAの作業を担当する場合だけでなく、自分が翻訳者として(LQA提供者に)Arbitrationを行うときにも、自分の(あるいは他人の)翻訳について論理的に説明するために先述の「説明力スキル」が役に立つ。

翻訳者として経験を積んでいくと、翻訳会社からLQAの作業を依頼されることも増えてくると思う。LQAは、MLVでは一般的な工程。LQAは翻訳の品質を無目的に批判するようなものではなく、チーム全体で翻訳の品質を上げるためのプロセスである。翻訳会社やクライアントと問題を円滑に共有するためのツールとして捉えてほしいと思う(その点はQAシートを使っての申し送りも同様)。また、自分が翻訳会社やクライアントからどのような翻訳を求められているのかを知る機会にもなる。

ランゲージリードの視点からみると、同じプロジェクトに取り組むチーム内でも、それぞれの立場により見えている景色が違う場合があることを感じる。色々な視点から自分の関わっているプロジェクトを捉える習慣をつけることが、翻訳者のスキルアップにも役立つと思う。

質疑応答

Q.トライアル時のコメント過剰はマイナスと聞いたことがあるが注意点を教えてほしい。

A.【駒宮】自分が調べた内容をすべて羅列するような過剰さは、たしかにマイナスかもしれない。ただし、翻訳会社からQAシートやコメンタリー用紙が支給されなかった場合も、単に翻訳のみを提出することには危うさもある。確認が必要な点があれば翻訳会社にきちんと申し送りをしたり、想定読者やストラテジーについてコメンタリーとして簡潔にまとめたものを準備したりするのもよいと思う。

Q.翻訳を依頼する側からはどういう情報を提供したらよいか?

A.【駒宮】同じ(あるいは同様の)プロジェクトの過去訳データを、翻訳者に提供するのが良いと思う。また、スタイルガイドや指示書について、実際に作業を担当する翻訳者のフィードバックを聞けるようなプロセス作りも大切だ。そうした意見を翻訳会社やクライアントが常に(参照物のアップデートに)反映できるとは限らない。しかし、より現実的で具体性の高いスタイルガイドや指示書を作成するのに、実務者の声を聞くのは役に立つと思う。

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