[翻訳祭29.5報告]「テンプレート」を使って罠に陥らない翻訳を

JTF Online Weeks(翻訳祭29.5)セッション報告

  • テーマ:「テンプレート」を使って罠に陥らない翻訳を
  • 日時:2020年11月10日(火)10:00~11:30
  • 開催:Zoomウェビナー
  • 報告者:伊藤 祥(翻訳者/ライター)

登壇者

加藤 今日子(カトウ キョウコ)

英日翻訳者兼チェッカー

愛知県立大学外国語学部英米学科卒業。英語指導講師、翻訳会社勤務などを経て、2010年から在宅で翻訳とチェック業務に従事。また、翻訳会社のコーディネーター及びチェッカーを対象としたチェックセミナーも継続開催している。主な翻訳書は『ベゾス・レター:アマゾンに学ぶ14ヵ条の成長原則』(すばる舎)、『カスタマーサクセス――サブスクリプション時代に求められる「顧客の成功」10の原則(バーチャレクス・コンサルティング訳)』(英治出版)(翻訳協力)。最近の生きがいは野球観戦&スコア付けとバドミントン。


「質の高い翻訳とは?」「常に質の高い翻訳物を納品するには?」

翻訳者の永遠のテーマであろう。今回の講演では、加藤今日子氏が翻訳者・翻訳学習者・翻訳会社の実務担当者に向けて、自分に合った方法で「常に質の高い翻訳」を成し遂げるきっかけにしてもらいたいと、自身の取り組み「チェックリストのテンプレート化」を紹介した。

この「チェックリストのテンプレート化」とは、単にチェック項目を羅列するのではなく、あらゆる状況を想定して行動をテンプレート化することで、品質の揺れを防ぐものである。加藤氏によれば、翻訳の品質は、外部の状況のみならず自分自身の状態にも影響を受けやすいという。目標は、常に揺れをなくし、高品質の翻訳物を安定して生み出すこと。そのために、テンプレートには多岐にわたるミスを防止する策だけでなく、作業者の「感情の乱れ」をコントロールする方策も盛り込まれているという。また、テンプレートは「形骸化」しやすいことから、形骸化を防ぐ方法についても語られた。

氏が再三強調したのは、テンプレートはあくまでも手段であり、目的は「常に同じ品質の翻訳物を納品すること」、個々人の状況に置き換えて自分の方法を見つけてほしいという点である。

1. 高品質とは

私のバックグラウンドを紹介すると、翻訳会社でのコーディネーター経験を経て、10年前からフリーランスとなった。現在は、マニュアル・ニュース・契約書・書籍などの翻訳(英日)と、マニュアル・カタログ・決算書類などの翻訳チェック(日英)に携わっており、翻訳とチェックの両方に力を入れている。

今日、まず考えてみたいのは「ずっと依頼したいと思われるようないい翻訳者・チェッカーとは何か?高品質とは何か?」という問題だ。よくある答えは、原文=訳文、読みやすい訳文、専門知識に裏打ちされた翻訳といった言語上のものである。どれも非常に大切な観点であり、長期的には目指したいものの、目下の業務に対しては「全力を出す」以外の具体的な対策がなく、到達度も計測しづらい。

一方、誤訳・数字間違い・誤植がない、指示が守られているなど「ミス」に関連する答えもある。これは今すぐ対策できるが、逆に上記のようなミスがあれば一目でわかり、信頼の喪失に直結してしまう。正しい答えがあるわけではなく、もちろん「少しぐらいミスがあっても抜群にいい翻訳だから」という理由でずっと依頼される人もいるだろう。だがここでは、誰にでも当てはまる観点として「ミスがないこと」を高品質の条件と考えたいと思う。

かつて、私も「品質の高い翻訳者像」を求めて自己分析したことがある。自分はミスがあっても依頼したくなるような翻訳者ではないが、コーディネーター経験から翻訳の前後にある工程を把握していることと、チェッカー経験からミスがない翻訳の重要性を体感していることが強みだと考えた。私にとって「高品質」とは、防げるミスは全て防ぐことと、前・後工程の人が喜ぶ対応ができることである。後者は、翻訳前作業への対応や、適切な質問・報告などを指す。

防げるミスとは何だろうか。納品時に起こりうるミスは数あるものの、なかでも決して残してはいけないミスは、うっかり誤訳、タイポ、文法間違い、ルール違反、用語不統一、数字不一致・漏れ、訳抜け、修正によるミスなどである。これらは工夫次第でゼロにできる。

まずは、「自分にとって高品質の翻訳とは何か、自分が目指す良い翻訳者の要素は何か」と考えてほしい。大切なのはそれを<常に>守ることだ。できないときがあってはならない。できないときがあるなら、その原因を分析して対策する必要がある。ここで注意しなければならないのは、「気を付ける」は対策ではないということだ。ミスを防ぐには、具体的な行動・施策に落とし込まなければならない。どんな状況でも100%できることか、捨てると決めた項目以外は、必ず具体策が必要となる。

2. テンプレート化で罠を避ける

私自身、何も対策をしなければかなりミスの多い人間だと自覚している。そのため、「絶対にミスを残さない」という目標を達成するには、厳しい具体策が必要だった。そんな私が行き着いたのがExcelを活用した「テンプレート」だ。仕事内容に応じてシートを分けて、各業務の流れや注意事項や参考資料へのリンクを盛り込んでいる。テンプレートには手書きや専用アプリを使ってもいいし、ITに長けている人なら自分に合わせたツールを自作するのもいいだろう。私の場合は、欲しい機能の多くが装備されていることから、今のところExcelを使っている。

テンプレートの長所には、①毎回行う作業を漏れなく確認できる、②情報データを一元化できて手数が減る、③めったに来ない案件についても手順がまとめてあるため慌てず対応できる、④過去の成功例や失敗例をまとめておいて、作業中にすぐ参照できるなどがある。テンプレートは単なる作業リストという印象を持たれることが多いが、工夫次第でそれ以上の可能性がある。

そもそも、ミスはなぜ起こるのだろうか。私は、翻訳の各工程にミスを引き起こす罠が潜んでいるからだと考えている。例えば「データ受領」工程では、データをよく確認せず思い込みで作業を始めるという罠があり、データやメモリ・用語集の不備に気づくのが遅れるという問題につながる。「翻訳」工程では、指示の見落とし・原文の見間違い・不注意などの罠がミスを引き起こす。「チェック」工程では、思い込みなどの罠で翻訳時のミスを見落とすだけでなく、自分の修正によって新たなミスが生まれることもある。「納品」工程では、見落としや焦りなどの罠が、報告漏れ・ファイル間違い・保存漏れ・宛先の間違いなどを引き起こす。このようなミスを納品までに全てなくせなければ、高品質の翻訳という目標は果たせない。

ミスをゼロにするには、各工程で行う作業を明確にすることが欠かせない。Tradosを使わない英日の翻訳案件を例に取り、打診・データ受領、翻訳前準備、チェック、納品という工程ごとに対策を紹介する。

まず「データ受領」工程では、内容をすぐに確認して、文字化け、メモリ不備などあれば当日中に連絡する。

また、いきなり翻訳に入るのではなく、「翻訳前準備」工程として次のような準備を行う。支給されたスタイルガイドや用語集などの内容をチェック工程で機械的に確認できるようにXbenchというツールに登録したり、WildLightやぱらぱらというツールを用いて、数字や用語などをルールに合わせた形に置換したり、間違えやすい単語をハイライトしたりする。事前に原稿を読むときは音声読み上げ機能も併用している。見間違えていた単語があっても、耳で聞くことで間違いに気づきやすくなる。こうすることで、「翻訳」工程中に思い込みや手作業のミスが入る余地を減らしている。

余談だが、私の場合は、用語集作成や原文の整形などの翻訳前準備作業も積極的にやると翻訳会社に表明している。すると、見積もり段階でコーディネーターが相談してくれる場合がある。自分が翻訳やチェックをする案件なのだから、問題があるなら早い段階で潰せた方がいい。また、見積もりの段階から関わっていれば、業務としてお金を頂いて作業できるというメリットもある。

次の「チェック」工程では、目視とツールのチェックを併用している。目視チェックでは、対訳チェックと訳文のみの通し読みを数回繰り返す。このときはフォントを変更して、横書きから縦書きにレイアウトを変える。翻訳時と見た目を変えることでミスに気づく目的だ。また、音声読み上げ機能も併用する。数字・略語・タイポなどの重要項目は複数の工程で確認する。色deチェックやXbenchなどのチェック用ツールを使用し、Tradosの場合は検証機能も使用している。「翻訳前準備」工程でXbenchに登録しておいたスタイルガイドの項目も、ここでチェックする。ツールチェックに合わない項目も、目視だけに頼らず検索する。さらに、チェック前後のファイルを文書比較して、チェック段階のミスを潰す。複数のチェック手法を使うのは、あるチェック方法ではミスを見落としていたとしても、視点が異なる方法を重ねることで気づけることがあるからだ。

最後の「納品」工程では、依頼文を再確認して、ファイルの取り違え・抜け漏れがないか、開いたままで保存していないファイルがないか、メールの件名・内容・宛先間違いはないか、報告し忘れていることがないかを確認する。

最初に提示した「防げるミスをどのようにして防ぐか」という質問への私の答えは、「同じ項目を違う観点で何度も確認する」だ。特にミスが許されない項目を中心に、目視と複数のツールを組み合わせて繰り返し確認する。全工程をテンプレートに盛り込むことで、抜け漏れを徹底的に防ぐ。これはあくまで私が自分の「防げるミスを防ぐ」という目標のために採用した具体策であり、絶対的なものではない。<常に>目標を守るにはどこまで徹底的に対策すべきかという部分が参考になれば幸いである。

3. テンプレートの問題点:形骸化

テンプレートの問題点は、一般に形骸化と言われている。形骸化とは、テンプレートを作って満足してしまったり、項目にチェックを入れるだけで実際の作業をしていなかったり、ファイルを探すなどの手間がかかって面倒になったり、項目が多すぎて追いつかなくなったり、更新されず現場に合わなくなったりする状況だ。形骸化の一般的な防止策には、①チェックリストの項目を埋めないと先に進めないようにする、②リンク・自動化などでできる限り手間を軽減する、③行動するようメッセージを表示する、④定期的にテンプレートを見直す、⑤目や耳など、さまざまな感覚を使うようにするなどがある。

私自身の対策には、まずExcel機能を利用したものがある。作業が完了したら取り消し線(Ctrl+5)を付ける。Excelのクイックツールバーに音声読み上げ機能を追加して、自動音声で項目をリマインドする。テンプレートは打診時に案件ごとにカスタマイズする。作業に関連するファイルやフォルダはすべてシートにリンクを貼り、テンプレートのシートが作業のポータルになるよう一元化する。また、「入力時メッセージ」の機能を使うと、シートの該当箇所に到達したときに、ポップアップメッセージで注意事項を表示してくれる。

メール関連の対策としては、まずOutlookの署名機能やテンプレート機能を使って、10パターン以上のメール本文をテンプレートとして登録し、スピード化と抜け漏れ防止を図っている。メール誤送信防止には、OkanというOutlook用のツールを使用している。送信ボタンを押すと、メールアドレスと本文の宛名との不一致や、送信アドレス、添付ファイルといったチェック項目が表示され、全てクリアしないと送信できない仕組みになっている。遅延時間も設定できるため、送信してから間違いに気づいた場合は後から修正できる。なお、私は遅延時間を3分に設定している。

注意喚起策としては、Multi Function Alarmという無料ツールを使っている。設定した時刻になると画面上にメッセージが表示されるため、気を付けたいことが自然と目に入り、意識に残りやすくなる仕組みである。形骸化対策には終わりがないため、新たな対策を次々に打ち出す必要がある。「こういうことができたらいいのに」と思うような機能は、すでに存在していることが多い。興味を持って調べてみると、作業環境の改善に役立つものが見つかるかもしれない。

4. テンプレートで心を整える

テンプレート通りに作業すれば常に品質が一定になるはずだが、実際はそうならないときもある。原因にはさまざまな可能性がある。例えば、難易度や原稿の種類などの「案件の特性」、メモリ・用語集・翻訳者の質などの「翻訳周りの環境」、翻訳自体に加えてIT等の技術面における「スキルの問題」、時間帯・季節・体調・感情などの「自分の状態」などだ。自分自身の原因を知るには、記録を取って分析することが有用である。私の場合、感情面・イライラがミスやトラブルの原因になることが多いため、先ほどのMulti Function Alarmで、つい苛ついたときに出てしまう言葉を定期的に表示して、自分を客観視している。自覚することが重要だと思う。

また、想定される問題の報告文をあらかじめテンプレートとして用意している。一刻も早く報告しなければならなくて慌てているときはメールの文面も浮かばないため、余裕のあるときに準備しておくわけだ。また、過去に心が折れそうだったときにどう対応したのかをまとめたファイルも作っている。これもやはり、いざ落ち込んだときには思いつけないからだ。実際は、このようなファイル自体が安心材料になっているのか、今のところ使う機会はほとんどない。テンプレートといえばいかにも作業というイメージがあるが、「心を整える」ことにも活用できると考えている。

最後に、私が10年間の経験を踏まえて心掛けている「チェッカー5箇条」を紹介したい。

  • 翻訳者の訳文を疑う(相手を盲信しない。こんなミスはあり得ないなどと思い込まない)
  • 翻訳者の思考回路を信じる(自分の考えと違う翻訳でも、翻訳者は意図を持って選んでいると信じる)
  • 自分の解釈と行動を疑う(自分が解釈・修正ミスを起こすという前提で対策する)
  • 自分の判断を信じる(質問や調べ物を通して対応を決めたら、最終判断者として毅然とする)
  • 全員がチームだと信じる(どんな状況でも、関係者全員がいい翻訳を目指しているのだと信じる)

繰り返しになるが、「自分にとって高品質の翻訳とは何か、自分が目指す良い翻訳者の要素は何か」を考えてほしい。大切なのはそれを<常に>守ることだ。できない場合があれば、現状を調べて原因を見つけて、常にできるように対策する。一人ひとりが、自分にとっての高品質を達成できるよう祈っている。

質疑応答

Q.仕事を受けるときに、エラーチェックにかかる時間をどのように見込んでいるか?

A.作業項目が多い分、時間がかかるのはやむを得ないと割り切って、翻訳作業と同程度の時間を見積もっている(案件によるが、「事前作業:翻訳:チェック=2:5:3」くらい)。ただし、事前作業や自動化のおかげで翻訳自体にかかる時間は比較的少ないため、作業期間の合計は平均程度だと思う。

Q.時間不足になった時にはチェック作業を省略するのか?

A.基本的には、「作業を進めるうちに時間が足りなくなったので勝手に省略する」ということはしない。打診段階で作業時間が厳しいと判断した場合は、その時点で自分のチェック項目を提示して、いずれかの項目を省略した場合のリスクも説明したうえで、品質と納期のどちらを優先するかの判断はクライアントに委ねる。作業内容と納期をお互いに納得してから作業に入るということだ。実際には、チェック時間がとれないほどの納期で依頼されることは少ないため、毎回交渉するわけではないが、クライアントにも優先順位があるため、まずクライアントの意向を尊重する。

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