日本翻訳連盟(JTF)

[イベント報告]日本における出版翻訳の現状

2021年度第2回JTF翻訳セミナー報告

  • テーマ:日本における出版翻訳の現状
  • 日時:2021年7月13日(火)14:00~16:00
  • 開催:Zoomウェビナー
  • 報告者:伊藤 祥(翻訳者/ライター)

登壇者

山本 知子

株式会社リベル 代表取締役

仏語翻訳家。大学卒業後、フリーの仏語翻訳者としてあらゆるジャンルの実務翻訳をこなし、2000年に『罠』(万来舎)で書籍翻訳家としてデビュー。国際情勢やサイエンス系などのノンフィクションから、小説や絵本といったフィクションまで幅広い訳書をもつ。『ぬりつぶされた真実』(幻冬舎)、『中国の血』(文藝春秋)、『パリ警視庁迷宮捜査班』シリーズ(早川書房)、『タラ・ダンカン』シリーズ(KADOKAWA)』など、訳書は50点以上。2003年、翻訳者仲間と多言語書籍翻訳会社リベルを設立。同社は年間100冊以上の翻訳をてがけ、多くの翻訳者に書籍翻訳デビューのきっかけをつくっている。


このセミナーでは、書籍翻訳に興味をもつ学習者・翻訳者・編集者等出版関係者に向け、(株)リベル代表取締役・フランス語翻訳者の山本知子氏が、多言語で多岐分野の書籍翻訳を手掛けるビジネスの第一線から、日本における出版翻訳の現状をコロナの影響も含めて俯瞰して語った。また、書籍翻訳者になるためのアプローチについて、中でも書籍翻訳者になるための大きなきっかけ「リーディング」については同社ビジネスプロデューサー・英語翻訳者の関根光宏氏が詳細に解説された。

日本における出版翻訳の現状

現在日本の新刊の刊行点数は7~8万点、うち訳書は6000点ぐらいで、業界低迷といわれるが、以前と点数自体はあまり変わらず、初版部数が減少している。当社を創業した18年程前は翻訳本の多くが初版8000~10000部だったのが、いまは5000~6000部であればありがたく、3000~4000部のときもある。制作の労力は同じなのに部数が半分になったため、1冊当たりの売り上げが半減し、パイが小さくなってしまったことから出版に関わる一人一人にいきわたる金額も激減している。平均的分量の原書1冊を翻訳するのに少なくとも2~3か月かかり、年間では1人で翻訳できる量は多くても4~5冊と限界がある。1冊あたりの翻訳の対価が半減し、印税だけで生活するのは厳しくなっている。報酬が見合うかどうかという問題はあるが、業界では、常に優秀な人が求められているので、書籍翻訳者は飽和していると思わずにチャレンジしてほしい。

翻訳書のジャンルについて、フィクションの出版はハードルが高く、特に文芸作品では大きな賞の受賞作品、映画化作品、有名な作家の作品などの付加価値がないとなかなか出版まで至らない。一方、ミステリー、ファンタジー、ロマンス、BLには安定的な需要がある。直近では、巣ごもり需要で児童書・絵本が伸びた。ノンフィクションは時代のテーマに合ったものが出版されることが多い。最近でいうと、コロナ、オリンピック関連、国際政治、時事ものなどがその例だが、とくに米選挙の時は関連本が緊急出版される。哲学、数学、自己啓発本、ビジネス書にはその時々のブームもある。

特定の言語やジャンルのブームがあると、類似の作品がどんどん書店に並ぶ傾向にある。99年のハリーポッターの流行によって、ファンタジー小説ブームが起き、1つのジャンルとして確立された。ファンタジー小説はシリーズで長く売れるという特徴がある。私が翻訳をしたフランスのファンタジー「タラ・ダンカンシリーズ」も12巻が12年間かけて刊行された。

その後、全世界ヒットの2013年のスウェーデンミステリー「ミレニアム」をきっかけに、北欧ミステリーブームが起きた。北欧書籍の依頼は多いが翻訳者は少ないので英仏独語などから重訳し、スウェーデン語翻訳者が監訳するというやり方で時間の短縮を図ることもある。北欧作品はライフスタイル本などの需要も多い。

03年の「冬のソナタ」のブームの後は、韓国の映画やテレビドラマ関連の本がたくさん出て、定期的に韓流ブームが起こるようになった。最近も2020年ぐらいから第三次ブームといわれている。 K-POPの流行や、ネットフリックスの「愛の不時着」など韓国ドラマの流行で、日本の出版業界でも韓国関連の本がさかんに動いている。韓国の人気歌手や俳優がその作品を好きとどこかで言っただけで、硬いエッセーやフィクションでもそのファンがこぞって買うという現象が日本でも起こっている。

コロナの影響で書店が閉まり、ネット販売はあるとはいえ、一時、日本の出版社も計画がたたなくなり、 2~3か月刊行が遅れたということはあったものの、出版業界は他業種よりはダメージは少なかったと思う。在宅する人たちが増えたことで本が見直され、電子書籍が売れ、児童書や料理本も伸びたのがその一因だろう。通例、日本の出版社は、翻訳出版する作品を海外のブックフェアで見つけてくることが多いが、ブックフェアがコロナで中止やオンラインになっても翻訳書の刊行点数はさほど減らなかったようだ。

一冊の翻訳書ができるまで

著者 → 原出版社 →(海外のエージェント)→ 日本の版権エージェント → 日本の出版社 → 翻訳会社 → 翻訳者

日本の出版社が翻訳書を出版するときには、日本の版権エージェントを通して、海外の出版社と契約を結ぶことが多い。主な日本の著作権エージェントとしては、多言語を扱うタトル・モリ エイジェンシー、日本ユニ・エージェンシー、イングリッシュ・エージェンシー、フランス語であればフランス著作権事務所などがある。著者と原出版社をあわせて「権利者」と呼ぶ。翻訳者が関わるのは、翻訳会社、または出版社から直接受注した場合は日本の出版社ということになる。

版権エージェントと翻訳者が関わるケースもまれにある。日本のエージェントが海外から作品を紹介され、翻訳者にその作品のリーディングを依頼する場合だ。特に英語以外の言語ではそのケースが多い。翻訳者が読んで内容をまとめ、版権エージェントが出版社に、日本市場への売り込み材料とともにそのレジュメを渡して推薦する。(その際、リーディングを行った翻訳者を翻訳者として推薦することもあるが、出版社に対して翻訳者を強制することまではできない。)

出版社と翻訳者の間に翻訳会社が入ることのメリットは、出版社にとっては適任の翻訳者が見つかりやすい、翻訳会社がチェックして原稿を送るのでクオリティが保証される、進捗が管理されるので締め切りが守られるといった点。デメリットは、連絡事項など翻訳会社を介するのでもどかしいこと。

翻訳者にとってのメリットは、翻訳者の選択が翻訳会社にまかされるので、実力があれば経験がなくてもデビューしやすい。出版社が経験のない翻訳者に直接依頼することはあまりないが、翻訳会社がチェックし実力を保証するといえば出版社からもOKがでる。仕事のジャンルが広がる可能性がある。また、出版社の対応があまりにも理不尽であった場合に交渉してもらえる。例えば、なかなか刊行されない場合の翻訳料の一部の先払い交渉や、タイトすぎる締め切りの調整、慣れてない翻訳者はトライアルではよくても1冊翻訳するとなると時間がかかりすぎたり質が下がったりすることがあるが、それをブラッシュアップしてもらえるといったこともある。デメリットは、編集者と直接やりとりできないもどかしさがあること、翻訳料の一部を翻訳会社に差し引かれるので全額が翻訳者に入らないことである。

翻訳書籍を刊行するまでの出版社のプロセスは、

原書の選定 → リーディング → 企画会議 → 版権獲得 → 翻訳の依頼 → 翻訳作業 → 編集・校正 → 印刷・製本 → 刊行・配本

出版社は、ブックフェア、エージェントからの推薦、ネット情報、翻訳者からの持ち込みなどの情報から原書を選び、リーディング・企画会議・版権交渉などを経て刊行が決まる。通常250Pぐらいの本で、翻訳期間は2~3か月ぐらいから、余裕がある場合は半年ぐらいもらえるが、映画化、大統領選などで緊急出版ということもある。

上記のプロセスで翻訳者が関わるのは、リーディング、翻訳、書籍の体裁となったゲラの確認だが、場合によってはプロモーション用の記事を翻訳したり、翻訳者として原稿を書いたりすることもある。

書籍翻訳者になるには

出版社が翻訳者を決めるときには、すでに依頼したことのある翻訳者に依頼する、翻訳講座の先生に弟子を紹介してもらう、類書の訳者に依頼する、翻訳会社に依頼する、その企画を持ち込んだりリーディングしたりした翻訳者に頼む、オーディションで選ぶなどがある。

まだ訳書がない、または訳書が1、2冊しかない翻訳者が書籍翻訳をまかされるというチャンスをつくるには、知り合いに紹介してもらう、翻訳講座の先生に紹介してもらう、業界の忘年会などに参加して自分を売り込む、企画を持ち込んで翻訳させてほしいという、オーディションに参加する、翻訳会社に登録するなどが考えられる。メール、手紙等で出版社に売り込んでも反応がないことが多いので、なかなか難しい。

翻訳会社に登録する場合、当社の例でいうと、登録希望者に経歴書履歴書を送ってもらうが、どこでその言語をマスターしたのか、翻訳歴、得意なジャンルなどを書いてもらっている。経験のない翻訳者に書籍翻訳を依頼するのは通常は難しいが、オーディションやリーディングで実力があると判断された場合には、最初から書籍翻訳をお願いすることもある。

リーディングのコツ 

リーディングとは、海外の作品を読んで日本語で概要、すなわちシノプシスをまとめること。シノプシスは「レジュメ」や「梗概(こうがい)」と呼ばれることもある。リーディングをする翻訳者を「リーダー」と呼ぶ。このシノプシスが出版社が版権をオファーするかどうかの判断材料になる。日本では年間約6000点の翻訳書が刊行されているといわれているが、実際はその何十倍もの海外の本が紹介されている。版権エージェントから出版社に作品が紹介されるとき、英語または日本語のA4一枚程度の作品紹介資料がついてくる。著者が日本で有名であるとか、世界的な話題作でもない限り、A4一枚で出版社が高額のアドバンスを払って版権を取得する決断をするのは難しいため、出版社は可能性がありそうな本については、翻訳者にリーディングを依頼することが多い。翻訳者が翻訳したい原書を出版社に売り込むときも、シノプシスが必要になる。

リーディングで、1冊の本を読んでシノプシスをまとめるのはかなりの労力がかかるが、一般的に出版社から支払われるリーディング料は1~2万円程度。リーディングだけでは労力に見合う対価とはいいがたいが、書籍翻訳のよいきっかけになるので、出版翻訳の仕事をやってみたい、1冊でも訳書を増やしたい人にはぜひおすすめしたい。翻訳者にとって限られた時間で原書を読んで概要をまとめることは大変勉強になるし、語彙が増えるのはもちろんのこと作品のテーマや背景、著者の文体のくせなどをつかむことができるので、リーディングは翻訳にも役に立つ。作品全体の理解が必要だとわかっていても、翻訳の締め切りに追われると目の前の文章に追われがちで、俯瞰して内容を把握するのが難しくなってくる。しかし、それでは翻訳者として通用しない。リーディングでは全体を見る力を養うことができる。

出版社のベテラン編集者はシノプシスだけで翻訳者の力量が分かるという。シノプシスが上手なら、翻訳の依頼が来る可能性がありアピールの絶好のチャンスだ。また、リーディングをすれば、出版社がどのような作品を求めているのか、そのニーズもわかるので、今後自分が持ち込むときのヒントとなる。

シノプシスの書式や分量は、出版社からの指定がないかぎり、A4、ワードの標準書式(40字×36行)で6~8枚が妥当と思われる。長い作品や構成上やむを得ない場合を除き10ページ以上にしないほうがいい。売り込みのシノプシスであればさらに短く。

シノプシスの構成は、原書情報、著者の紹介を入れ、メインは「あらすじ」と「読後感」。さらに海外の読書レビューや抄訳をつけることもある。

具体的な項目は、

  1. タイトル
  2. 著者名
  3. 海外の原出版社名
  4. ページ数
  5. 刊行年月
  6. 作品の概要(省略可)
  7. 著者について
  8. あらすじ
  9. 読後感
  10. 書評
  11. 抄訳(依頼元から抄訳をつけるようにいわれない場合には、つけないほうが無難)

タイトル、著者、海外の原出版社の名称は当該言語とカタカナで表記する。作品の概要は4~5行でAmazonの紹介文などをざっくりと翻訳したものをいれる。著者についてはなるべく詳しく。

メインの「あらすじ」をまとめる際は、できるだけ目次を入れる。目次の分量が多ければ2段組みにするなど工夫する。基本は自分の文章でまとめること、原文のつぎはぎでは伝わりにくい。あらすじでは、「著者は~」と書くのはNGで、原書と同じ人称で書くことが大切。「著者は~」という書き方にすると、どこまでが原文(著者が書いていること)で、どこまでがリーダーの意見かが区別しづらく、文体も伝わりにくいためだ。できるだけ章ごとに書き、作品全体の構成、テーマや結論をきちんと伝える。章が多い場合は数章ごとにまとめるなどの工夫をする。ミステリーなど、ネタばれだから結論を書かないというのは不可、それでは内容がきちんと伝わらない。

海外の書評と抄訳は求められた場合のみつける。とくに抄訳は、それだけで翻訳力を判断されてしまうので下手なものを付けるとマイナスになる。外国の名前は難しいし登場人物が多い場合もあるので、ミステリーなどでは最初に登場人物表を付けると親切である。

読後感は、通常最後に持ってくる。正直な感想をある程度入れる必要があるが、作品をあまり否定しすぎない。まったく好みでない作品だったとしても100%ネガティブに書かず、短所ばかりでなく長所にも触れること。そもそも依頼者はその作品に可能性や興味を感じているからリーディングに出しているし、リーダーの見方がとてもかたよっているのではないかと思われる恐れもある。作品の難点は客観的に書くこと。自分の好みに走らず、その作品が日本で売れるかどうかという視点で書き、日本で想定される読者にも触れるといい。

書籍翻訳の特徴

書籍翻訳は一般読者が対象なので、読みものとしてわかりやすいことが大切。専門用語には補足や訳注をつける必要がある。不特定多数に向けた商品であるので、文章力が必須。翻訳書は商品であるとともに作品ともいえる。

書籍一冊の分量はさまざまだが、たとえば400字で300~1000枚ぐらいと、実務翻訳に比べて一度に翻訳する分量が多く、翻訳期間も数か月以上とかなり長い。提出したあとも編集者とやりとりをしたり、ゲラになってから全部読み直して細かいところを修正したりする作業が発生する。さらには著者について書いたり、海外の書評を翻訳したりすることもある。

報酬と支払いについて、実務翻訳と大きく異なる点は、訳文を提出した時点では翻訳料の金額と支払い日が確定していないこと。たとえば翻訳印税は定価と部数と印税率をかけて計算され、刊行後に支払われるのがふつうだが、訳文提出時には刊行日すら確定していないことが多く、刊行日直前にならないと定価、部数が決まらないためだ。

翻訳の形態には、単独訳、共訳、下訳や部分的な翻訳協力などがある。下訳や翻訳協力の場合も本の表紙に名前は載らなくても、どこかに名前を載せてもらえる可能性があり、そうなると実績にもなる。出版社や編集者、作品によって、翻訳してから刊行までのプロセスや翻訳者の仕事の範囲にもかなり違いがある。自分の少ない経験だけで決めつけないほうがいい。また、翻訳料、印税率、支払い時期も会社によりまちまち。翻訳印税率は6~7%というところが多いが、キャリアが浅ければ4%だとか、翻訳料は買い取りという会社もある。交渉の余地はあるが、出版社によってかなり事情が違うということは知っておいたほうがいい。

最後に翻訳書出版は様々な立場の人の共同作業であることを頭に入れておくことが非常に大事である。締め切り遅れはその作品に関係する全員に影響する、翻訳者が全ての中心というわけではない。

Q & A

  • Q. 買い取りの場合の報酬金額はどのように決まるのか?
  • A. ケースバイケースだが、ページ数やワード数に比例させることが多い。また、もしその本が売れた場合にも、印税と違って追加報酬がもらえないので、初版印税でもらえると予想される金額よりは少しだけ多めの翻訳料にすることが多い。
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