日本翻訳連盟(JTF)

[イベント報告]新聞校閲記者の仕事 ミスを見逃さない技術

2021年度第4回JTFセミナー報告

  • テーマ:新聞校閲記者の仕事 ミスを見逃さない技術
  • 日時:2021年12月7日(火)14:00~16:00
  • 開催:Zoomウェビナー
  • 報告者:三浦 ユキ(ペンネーム、翻訳者)

登壇者

田村 剛

毎日新聞社 校閲センター(東京)副部長

1977年生まれ。2004年に毎日新聞社に入社。現在まで一貫して校閲記者として勤務。毎日新聞用語集の作成、社内向け仮名漢字変換システム・校正支援システムの管理に携わる。 英検1級、通訳案内士(英語)


毎日新聞社にて、アルバイトから始め、新聞校閲一筋でお仕事をされ現在は校閲センターの副部長をなさっている、校閲記者田村さんのお話は、新聞社ならではの臨場感に溢れていた。さらに、新聞校閲特有の問題、ジャンルを超えた校閲そのものの問題など非常に多くのポイントが解説された。


講演概要

最初に校閲というと、校正という言葉とセットで想起される。一般的には、校正は字句の誤りを直すもの、校閲は内容の正しさまでチェックすると言われることがあるが、そこまで大きな違いはないという感覚を持たれているそうだ。

新聞社の新聞校閲部門は、ものづくり企業に例えれば品質管理部門といえる。新聞の品質管理である。校閲の仕事が行われる企業の代表として出版社がある。出版社で行われる校閲と新聞校閲ではどのような違いがあるのだろうか。

第一に、期限が短いことである。出版社では一つの案件に数週間から一か月以上などそれなりに時間をかけた校閲がなされることが多い一方、新聞社では、一日一日で仕上げなければいけない仕事が大半である。朝刊の場合には、一日に数回の締め切りがあり、さらに地域により締め切り時間も異なり、締め切りのたびに原稿や写真の変更、レイアウトや見出しの変更等の作業が行われていることから、毎回様々な観点で校閲が確認することが必要となってくる。

第二に、新聞の場合には想定読者の幅が出版よりも広い。義務教育を修了していれば問題なく読める内容にすることが求められることから、漢字は原則として常用漢字表の範囲内のものを使用するよう努力がなされている。

第三に、新聞社には各社のルールがある。全国紙は自社の専門の用語集(ハンドブックともいう)を作り、これに従って記事の表記をコントロールしている。(なお、各社の用語集はばらばらな内容というわけではなく、日本新聞協会の新聞用語集をベースに作られている。新聞用語集とは、新聞各社の用語担当者が毎月会議をして作成するものである)

毎日新聞用語集

毎日新聞社の用語集は、表紙が赤いので社内では「赤本」と呼ばれているそうだ。社員全員に一冊ずつ配られている。紙の書籍は一般販売されていないものの、電子版はKindleで購入可能(990円)で、他社用語集にはない全文検索機能がついている。

赤本は、毎日新聞社での新聞校閲にとって必携のもので、赤本のルールに準拠した記事が作成されるよう、様々な工夫がなされている(後述)。主な内容は、用字用語集、漢字字体表、数字の書き方、カタカナ語の表記、記事スタイル等である。

新聞発行までの流れ

最初に記者が原稿を書く
 ↓
原稿が出稿部のデスク(各部にある)に送られる
 ↓
各部の出稿部のデスクが出稿
 ↓
校閲センターに原稿が流れてきて校閲(初校+再校)
 ↓
編集者の端末に送られて編集され、新聞の形に組まれる
 ↓
校閲センターが大刷り校閲
 ↓
降版・・・印刷所にデータが送られ印刷される

校閲者の作業

初校と再校

出稿部から出稿されると校閲の端末に原稿が表示され、A4の紙(モニター)が印刷される。これを各面の担当者が初校する。この段階で文字直しと事実確認(ファクトチェック)をすべて行う。直しを紙に書き込んでダブルチェック役のデスクに渡し、デスクがダブルチェックを行う。

大刷り校閲

編集者が記事を新聞の形に組んだA2判の刷りを校閲する。これは実質的な再校ともいえる。先ほどのA4のモニターを大刷りの上に重ね、パタパタとめくりながら見比べて校閲を行う(通称パタパタ)。この方が横に並べて見比べるよりも記事の改変等に気づきやすい。次に大刷りの新しいものが出てくると、今度は大刷り同士でパタパタを行う。

問題がないと判断したらOKを出し、降版となる。

新聞校閲のためのツール

記事制作や校閲の省略化のためにツールが用いられている。

かな漢字変換ツール(ジャストシステム社のATOK)

精度が高く誤変換が少ないことから多くの新聞社が採用しているツール。新聞で使えない表記をあらかじめ教えてくれる。社内で共通してアラートを出すことができる。

文章作成の段階でどの変換候補が適切かを判断するようになっている。アラートの元データは校閲部門で作成・管理し、記者への配信も校閲で行っている。

校正支援システム

多くの新聞社が採用している、コンピュータに記事をチェックさせるシステム。多くの会社でATOKと同じジャストシステム社のJust Right!を使用している。選ばれる理由として、ATOKの辞書をそのまま流用できることがあげられる。ATOKと同じく、社内で統一したアラートを出すことができる。校閲部門で、誤りが出てくるパターンを分析してリストアップして登録する。出稿部も校閲に原稿を送る前にJust Right!でチェックをかけることになっている。

校正支援システムは事実確認をすることはできず、文法的誤りも100%防げるわけではないものの、出稿部の段階でシステムによるチェックをかけているおかげで、校閲や編集にきた段階で誤りを直す労力が非常に減っている。校閲ではファクトチェックなど別の仕事に時間を割くことが可能になった。

検索の省力化

事実確認(検索)の時間をできるだけ短縮するため、検索の仕方を一から手入力するのではなく工夫する。画面の検索したい部分をマウスで選択、右クリックで「Googleで検索」にすると、検索する時間を短縮することが可能。あわせて、ブラウザの拡張機能(セレクションサーチ)も有用。

液タブ

リモートワーク時に、自宅でプリンタを使ってモニターを印刷することが難しい人たちがいることから採用された。WindowsのPCと接続し、液晶画面にペンで文字を書き込むことができる。ダウンロードした紙面のPDFに直しを書き込み、そのPDFを出稿部や出社している人に送ったりする。

校閲以外の業務

紙面に校閲クイズ「毎日ことば」を掲載、書籍出版および週刊誌での執筆、ブログ・ツイッターでの情報発信等も行っている。

新聞校閲で直している内容

  • 変換ミス
  • タイプミス
  • 書き手の思い込み、勘違い
  • 似た文字との取り違え
  • 確認不足

こういった点は、必ず修正しなければならない項目である。

赤本にも辞書にも書かれていない場合、辞書によって見解が分かれる場合には直すかどうかを考えなければならない。

変化することば

ことばの変容は、新聞校閲作業にとっても大きなテーマである。昔は誤りとされていた言葉が、だんだん世の中で使われるようになっていくことも多い。国語辞典等もにらみながら、赤本の記述自体を修正することもある。なお、赤本の用語変更にあたっては、社内の用語担当者で議論するだけではなく、毎月の新聞協会の会議で他社の用語担当者に意見を聴くことも多い。

まとめ・・・校閲としての心構え

  • 誤りがいくつあるかは分からない。
  • 「人は間違える」という前提に立ち、真摯に取り組む。
  • 一行、一字に集中して丹念に読み進める力と瞬発力を日々の仕事の中で養う。
  • 時間がゆるす限り、一つの原稿に対していろいろな読み方でチェックし続ける。
  • 常に優先順位を考え効率的に作業する。

質疑応答からの抜粋(校閲等のためのヒント)

自分で作った文章を自分でチェックするときには、どうしても誤字脱字等、見逃しが多くなると思う。例えばJust Right!にかけてみる(個人で購入するには少し高価)。音声読み上げソフトを利用し、自分で書いた文章を音声で聞いてみると、文章の流れが悪いことに気づいたりするし、誤字脱字も拾えるのでおすすめである。また、固有名詞や数字については、その箇所だけ印をつけながら一度ちゃんとチェックすることも必要。社内の記者でも、これをしている人としていない人の差は明らかである。

毎日新聞社では、校正支援システムのデータを一から自社用に構築し、辞書データの作成には半年くらいを要した。ATOK使用データを流用したり、間違えた漢字や単位の重複するパターンなどを大量に登録したり。今でも、新たな登録をしたり、逆に、以前は誤りとしていたけれど認めたものを削除したりといった作業を日々行っている。

報告者雑感

優先順位をつけて仕事をしていかないとファクトチェックができず訂正を後から出すこともあるという話は恐ろしい。校閲は能動的にするものだというお話にもつながっている。目の前に提示された紙面を漠然と目で追い、気になったところに時間をかけていくといった受け身で無計画な作業をしてしまうと、他にするべき工程が終わらなかったということがありえる。どんなに気を付けていても見落とすことはある。とはいっても、何度かおっしゃったように、固有名詞や数字だけは線を引きながら見るなど、最低限落とさないようにする工夫も大切だということだと思う。そして実際にその作業をしているかは後の段階で分かってしまうとのことだった。どれだけ沢山のミスがあるか分からない、原稿の上がってくるタイミングによってチェックにかけることができる時間が変わってくる、というのは新聞校閲も、出版社などでの校正も同じかもしれない。しかし、新聞は特に、毎日定刻に刊行されることから、校閲作業にかけられる時間が極端に短いケースも多くなり、だからこそ、日ごろの鍛錬と、複数が必ずチェックできる体制の整備が重要になってくるのだと思う。緊張を強いられる一方、少しでも困難を乗り切るための備えが必要ということだ。誤りがあれば後日訂正記事をださなければならないのも、新聞ならではのプレッシャーだと思う。

一見すると非常に困難で過酷な仕事内容に思えるものの、講演者の田村さんは業務内容を楽しそうに解説しておられた。また、写真や動画で登場した新聞校閲作業中のスタッフの方々の表情も穏やかだった。大変な状況がありえるからこそ、ルーティンを大切にし、できるだけ平常心で同じように対応するよう心がけようという心構えがあるからなのか。大変なことがあっても新聞校閲の仕事にやりがいや楽しさをおぼえているからなのか。その両方だろうと思う。

事前配布資料について誤りを見つけるというスタイルも大変興味深いものだった。なぜ、どこでそのようなミスが生じてしまったかを分析、説明されていて大変勉強になった。

新聞校閲では、効率よく校閲作業をこなすためにどうしたらよいか、という点にも頭を使い続けなければならないそうだ。そして鍛錬することが必要とおっしゃっていた。例えば、ポカをしやすい記者などの場合には、校閲担当者に間違いを見つけてフォローしてもらわなければ大変なことになるだろう。新聞校閲に求められる責任は非常に大きいようだ。それでも、鍛錬することができる、そしてダブルチェックする体制があると聞くと少しほっとさせられる。

校閲にかけることができる時間はまちまちであると、質疑応答でもおっしゃっていた。本当に直前に原稿が上がってくることがあり、3人以上が一件に携わるのもそういった場合にもできるだけ行き届いた校閲をするためでもある、というお話には、危機に対する備えのある体制を作られているのだと感心させられた。

間違いを見逃さないための工夫などはたくさんあり、一朝一夕で身につくものではないので、長い目で育成していくことが望ましいということが、講演の端々からうかがわれた。互いに役割を分担し、補い合う歯車の一部として新聞校閲も機能していて、いずれかの役割に負担が過重になったり厳しく責任を問われたりするようになってはモチベーションも下がるし、日々の新聞の発行が正常にできなくなるのだろう。本講演は、新聞そのもの、組織の役割分担など多くの事柄に思いをはせるきっかけともなった。

辞書登録作業は本当に時間と手間がかかり、毎日新聞社では半年もかけられたそうだ。それだけの労力をかけても、一定のルールに沿った記事にするためにツールを使えるのなら、それは十分価値がある作業であると思う。校閲に回す前に一度ツールでチェックをかけてもらうだけでも、校閲への負荷が激減し、校閲担当がファクトチェック等に時間を使えるようになるというお話には感動してしまった。ツールを有効活用して仕事を楽にする、コンピュータが得意なことと人にしかできないことを把握するということは、AIが発達した現在だから可能なことであるし、このようなバランスが好ましいと思う。新聞校閲の世界でツールを有効活用されていることに大きな希望を感じる。ただし辞書登録作業はかなり負担が大きいようだ。田村さんは登録用語のチェック作業で健康を害しかけたほどで、その時に工夫したことを現在も続けていらっしゃるということも印象的であった(ここでは詳細は割愛する)。どの仕事でもその仕事なりの負担や体調管理の必要性はあると思う一方、校閲作業や翻訳作業、辞書登録作業等には何か共通するものがあるように感じられる。

大変なプレッシャーを受けながら注意力をもって行われる校閲作業のみならず、書籍発行や週刊誌コラム、ウェブ媒体(ブログおよびツイッター)での情報発信などに取り組まれ、さらに新規事業も計画中とのことに驚いてしまった。最後に、ウェブの普及の影響で紙の新聞を手に取る人が減ってしまったのではないかと、報告者は新聞業界とは一切の関わりがないのに心配していた。でも実際には毎日新聞社さんは、新たな発信のチャンスととらえて積極的な情報発信をされ、ツイッターも講演時点でフォロワー8万人と大変好評な様子である。日々新聞を発行し続けながら、紙で読んで欲しいという待ちの姿勢をとるのではなく、みんなが見てくれる場所に自分から動いて発信していくという前向きな姿勢が感じられる。言葉の変化のみならず、ITの発展や国民の情報アクセス方法の変化の影響を受けつつも、新聞という独特の報道媒体としてこれからも発展していかれることを願っている。

新聞は特別な報道媒体だし、新聞発行になくてはならない存在である新聞校閲者(校閲記者)の世界は独特で興味がつきないもので、それは出版社や翻訳業界等で、校閲というものに馴染みや共通点のある人に限ったことではないと思う。校閲に馴染みのある人にとっては業務のヒントを沢山得られる内容であったし、分野が異なる方にとっては新聞の奥深さについて知る大変貴重な機会である。JTF(日本翻訳連盟)のセミナー講師として校閲記者の田村さんがお越しになり、新聞校閲についてのご講演をなさったことの意義は計り知れない。

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