日本翻訳連盟(JTF)

これからの翻訳通訳界と翻訳者

JTF 副会長・高橋 聡氏寄稿

さっそくですが、今年の「JTF 翻訳祭」(第 31 回)のテーマが決まりました。

当世翻訳通訳事情~普遍的な変化と不変的な価値~

です。実行委員会に属している私が褒めるのは手前味噌になりますが、ここ十数年のテーマとだいぶ趣の違う、なかなかいいテーマになったと思います。

いま現在の翻訳通訳を考えるキーワードとして「普遍」と「不変」は恰好のキーワードです。「JTF ジャーナル」のウェブ版リニューアルオープンに向けても、ちょうどいい手がかりになります。コロケーションの微妙さは気になりますが(笑)、標語という性質で許容範囲でしょう。

翻訳通訳の世界で、変わっていくもの、変わらないものとは何なのでしょうか。

変わっていくもの

30 年以上も翻訳をしてきたので、「変わっていくもの」についてはすぐに思い当たります。

〈原稿用紙+紙〉から〈ワープロ〉へ、そして〈コンピューター〉へ。
〈紙の辞書〉から〈電子的な辞書〉へ。
〈図書館と専門書〉から〈インターネット〉へ。

高橋 聡(タカハシ アキラ)
CG 以前の特撮と帽子をこよなく愛する実務翻訳者。翻訳学校講師。学習塾講師と雑多翻訳の二足のわらじ生活を約 10 年、ローカライズ系翻訳会社の社内翻訳者生活を約 8 年経たのち、2007 年にフリーランスに。現在は IT・マーケティング文書全般の翻訳を手がけつつ、セミナー(オンライン)や雑誌で、翻訳者に必要な辞書環境や文化背景知識などについても発信している。共著に『翻訳のレッスン』(講談社、2016 年)、訳書に『機械翻訳:歴史・技術・産業』(森北出版、2020年)など。

これが、いわば翻訳通訳界における「三大革命」です。翻訳支援ツールは入っていません。翻訳者の仕事を支えてくれると一概には言えないからです。ここまでは、私たちの仕事を支えてくれる好条件がそろい続けた、いわば翻訳者・通訳者にとって右肩上がりの進化の連続でした。

そこに来て、ついに本格的な〈機械翻訳〉が登場します。これはその進化の先にあるのか、それとも私たちの仕事をdisruptするマイナス要因なのか。人によって答えは違います。が、翻訳通訳界を広く考えたとき、機械翻訳による変化が不可逆的なのは確かです。考え方、扱い方に違いはあっても、機械翻訳なしの時代に戻ることはありません。以上が、私の知っている、たかだか数十年で起きた変化です。

機械翻訳について、人によって答えは違うと書いたばかりですが、三大革命までと決定的に違うことがひとつあります。

三大革命は、いずれも「道具の進化」でした。道具は、私たちの仕事を支えてくれますが、私たちの思考に踏み込んでくることはありません(影響はゼロではないにせよ)。しかし、機械翻訳は私たちの「脳」の領域にまで踏み込もうとしています。機械翻訳がものを考えるということではなく、思考に甚大な影響を与えるという意味です。読み手にとっての影響、言語と文化に対する影響はもっと深刻かもしれません。

変わらないもの

ここで、今度は「変わらないもの」に目を転じます。翻訳通訳で変わらないものは何か。それは「伝えること」です。情報を伝える、技術を伝える、芸術を伝える、表現を伝える、気持ちを伝える……。

伝えるものはさまざまですが、言葉を介して何かを伝えるという一点だけは、私の知っているこの 30 数年どころか、先人たちが数々の訳語を生み出した明治の頃からも、大村益次郎が兵法を翻訳し、杉田玄白らが『ターヘル・アナトミア』から『解体新書』を生み出した江戸時代からも変わっていません。ウィリアム・ティンダルが聖書を英訳した 16 世紀、玄奘三蔵が仏典を翻訳した 7 世紀、そして「世界翻訳の日」(9 月 30 日)の由来ともなった聖ヒエロニムスや、さらにそれ以前からも。

いつの時代にも、私たちの先達は言葉を使って、言葉だけを武器にして、伝えたいこと、伝えるべきことを伝えてきました(この辺を詳しく知りたい方は、ぜひ山岡洋一さんの『翻訳とは何か 職業としての翻訳』をお読みください)。

……などと大上段に構える以前に、今の私たちにとって翻訳通訳は“ただの飯の種”でもあります。労働の対価を得るための方便、会社を発展させる手段、研究の題材としての技術……。翻訳と通訳が自分にとって何なのかもまた、人によって違うでしょう。

が、その根底に「言葉を介して何かを伝える」という心構えがなくなったら、それは翻訳でも通訳でもなくなります。どんな形で翻訳通訳に接していようと、ここだけは失ってほしくありません。

そういう前提に立てば、生半可なスキルで半端な翻訳物を納品することも、利益だけを優先して意味の通じない成果物を客先に納めることもできません。まして、機械翻訳をかけただけの“翻訳”をウェブサイトに掲載して垂れ流すことなど、ありえないことです。

ちなみに、この数年でウェブ上には機械翻訳しただけの情報が急激に増え、ウェブの信頼性は日に日に下がっています。私たちの仕事を支えてきた三大革命の一角が崩れ去ろうとしているのかもしれません。いえ、私たちはまだ機械翻訳の出力を識別できますが、世の中の大半の人はこれを鵜呑みにしかねません。文化の危機、言語の危機さえ懸念されます。そんな情報を垂れ流していいはずはないのです。

機械翻訳は思考しないと言われますが、機械翻訳には「伝える」という意識もありません。機械翻訳に意識がないのは当然としても、それをまったく無反省に使っているとしたら、使った人間も同罪です。

伝えるということ

翻訳者・通訳者の一人ひとりが、翻訳会社それぞれが、当世翻訳通訳事情を改めて自覚的にとらえ直すこと――それが今ほど問われている時代はありません。いついかなるときも、その根底にある「伝える」を大事にしていきたいものです。

JTF ジャーナルも、そうした「伝える」の一角を担う存在です。形態はいろいろ変わっていますが、ここにもまた「変わるもの」と「変わらないもの」があります。リニューアル後の JTF ジャーナル、ご期待ください。

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