日本翻訳連盟(JTF)

新しい翻訳英文法:訳し上げから順送りの訳へ(2)

講演者:MITIS 水野翻訳通訳研究所 Director 水野 的さん

本特集では、日本翻訳連盟主催の翻訳祭やセミナーから選りすぐった講演の抄録をお届けします。水野的さんの表題の講演から、現在までの翻訳手法を概観した前回を踏まえて、今回は、情報構造などの理論よって裏付けられた新しい「翻訳英文法」についてお話しいただきます。

●新しい翻訳英文法の可能性

新しい翻訳英文法の可能性を探るということは、同時に英語教育における訳読の方法を考えることでもあります。英語の訳読法は、幕末から明治以降、長い歴史がありますが、その特徴、本質をひと言でいうと、「日本語(訳)を媒介にして英語を理解する」ことです。

これに反対するのが「直接法」で、明治以降現在まで継続しています。2009 年の『高等学校学習指導要領』では、「授業は英語で行うこと」とか「訳読によらない」というようなことがうたわれるようになってきています。

新しい翻訳英文法は、翻訳の方法だけではなく、訳読の方法でもあります。

その理論的枠組みは、下図のようなものです。

なお、本講演では談話構造と作動記憶については扱いません。談話構造はほぼ文脈に該当すると考えておいてください。

●情報構造の概念

情報構造(information structure)について簡単に説明します。その主な概念としては、下図のようなものがあります。

まず主題(Theme)と題述(Rheme)。主題とは「メッセージの出発点」であり、題述は「情報の焦点」です。これはセンテンスのレベルです。

もうひとつは旧情報(Given)と新情報(New)という捉え方です。一般に「情報は旧い情報から新しい情報に流れる」と考えることができます。これはセンテンスももちろん含まれますが、談話レベルでも当てはまる考え方です。

そのほか、前提(Presupposition)と断定(Assertion)、情報の重要度、焦点(Focus)という考え方もあります。

主節と従属節、これを大きなくくりで考えて、伝達の中心はどちらにあるかということです。従属節が前に来る場合は、伝達の中心は主節にあり、主節が先にくる場合の伝達の中心は従属節にあります。

それから前景(Foreground)と背景(Background)。こういう概念も、ある局面では役に立ちます。

ほかに、文法項目に関する情報構造もあります。

●情報構造と翻訳

では、情報構造と翻訳はどう関係するかという問題ですが、その点をはっきり述べた 2 人から引用します。

ひとりはデ・ヴァスコンセロスという人で、こう言っています。

「翻訳でしばしば起きる問題は、Theme と Rheme によって作られた機能的構造が、目標言語の統語的枠組みが起点言語に触発されて作られた場合には保存できないことである。(…)もし翻訳においてこの順序をシンタックスからの逆方向の圧力に抗して尊重すべきであるなら、その時はシンタックスの方が折れなければならない。翻訳された要素は必然的にオリジナルテクストのそれとは異なる統語的役割を担うことになる。」1

つまり、「文法に忠実に訳した場合、テーマやレーマという基本的構造が保存されないことがある」ということであり、「そういう場合は文法構造のほうを後回しにするべきである」という主張です。

同じようなことを、ジャン・フィルバスという人も言っています。

「書かれた文の機能的構成は書き手のコミュニカティブな目的を伝え、明らかにする。したがって翻訳者はオリジナルの構成(perspective)を正しく解釈し、それを表現するための十分な手段を見つけなければならない。このことは、オリジナルで使われている文法構造とは異なった構造を使う必要があることを意味するかも知れない。(…)しかし、オリジナルの機能的構成を正確に提示できなければ、オリジナルの重要な情報を違った風に見せてしまうことにもなりかねないのだ。」2

これは単なる意訳の主張ではありません。同じようなことは、伊藤和夫さんも言っています。1983 年に出た『英語長文読解教室』3の中で、「文法をある程度無視した訳」ということをはっきりと指摘しています。

●「訳し上げ」「順送り」の面からみた情報構造

「訳し上げ」、そして「順送り」という側面から考えてみます。簡単な具体例で見てみましょう。

We are apt to forget that the man who owns land and cherishes it and works it well is the source of our stability as a nation, not only in the economic but the social sense as well.

これは、『英文標準問題精講』4という有名な参考書にある例文です。訳は次のようになっています。

「われわれは、土地を所有し、これを愛育し、これを十分に利用する人が、経済的な意味においてだけではなく、社会的な意味においても、国家としてのわれわれの安定の源であることを忘れがちである。」

これでいいじゃないか、と思う方もいるかもしれませんが、よく見ますと、主節と従属節の位置が逆転しています。それから、呼応表現である「not only… but…」の部分も訳し上げられているのがわかります。

順送りの訳ではどうするかというと、下図のように順番に訳すことができます。

このような順送りの訳にするのは、主節である「We are apt to forget」よりも、that 構文の従属節のほうが重要である、あるいは伝達の中心になっているからです。順送りの訳はその働きを再現することができるわけです。

典型的な「訳し上げ」の例を見てみます。

Let us imagine that an absolutely impartial observer on another planet, perhaps on Mars, is examining human behaviour on the earth, with the aid of telescope whose magnifying power is too small to discern individuals and follow their separate behaviour, but large enough for him to observe occurrences such as migration of peoples, wars and similar great historical events.

「他の惑星、たとえば火星に住む絶対に公平な観察者が、倍率が小さくて地球上の個人一人一人を見分けて、その個々の行動を追うほどの性能はないが、民族移動や戦争やそれに似た大きな歴史的事件のような出来事を観察できるほどの倍率をもった望遠鏡を用いて、地球上の人類の行動を調べていると仮定してみよう。」5

ここで、「主格の格下げ」と「制限的関係詞節の訳出法」の二つの問題が浮き彫りになってきます。この訳し方では、英語を理解する役には立ちませんし、迷路文のようになっていて、何度か読み返さないと日本語の文意もつかむのが難しくなっています。

これを情報構造に基づいて訳すと、下図のようになります。

このように、主節と従属節、その扱い方、それから制限的関係詞説が英日翻訳で大きな問題になることが、はっきりと表れています。さしあたってこの二つの問題を、順送りの訳で処理できれば、実務上も大きく前進することになります。

●主節の格下げ 主節と従属節の関係

そこで三つの関門を考えました。「主節と従属節」「制限的関係詞説」「分裂文=強調構文」です。そのほかにもありますが、ここでは三つに絞ってお話します。

英語は SVO 言語、日本語は SOV 言語と言われますから、英語から日本語に訳す時には、これが大きな障害になります。

まず、主節と従属節の問題は「主格の格下げ」で解決できます。

たとえば、① It's true の部分を最後にもってきて「…は本当だ」としたのでは、伝達の中心、焦点が逆転してしまいます。ですから、「確かに、」というふうに訳せばよいわけです。

② He had forgotten that は、「彼は忘れていたが、」というふうに処理できます。

③ I'm almost positive I've heard those names before somewhere.

これも「たしか」でいいわけです。もう少し長くなっても、④のような訳し方ができます。

これは福地肇さんという人が提案しているもの6で、情報構造的には主節よりも従属節のほうが重要だから(伝達の中心になっているから)、主格を格下げして、その順番を維持しようということです。

これは実は、明治以来たくさんの人が実践してきた方法でもあります。

●前提を示す「制限的関係詞節」

次に、制限的関係詞説です。訳し上げと順送りの問題の核心といってもよいと思います。

一般には制限的関係詞説は、「前提」(presupposition)を示していて、「断定」(assertion)は示さないと言われます。前提というのは、「旧情報」と考えて結構です。断定というは、ある前提に対してそれはこうだと断定するわけですから、「新情報」です。

言い換えると、制限的用法では、話し手は、関係詞節の内容が聞き手になじみがある(familiar)、背景的なことである(前提)と仮定して発話しています。

「きっと相手はこのことは知っているだろうな」と思って言っているわけです。ある程度前提になっている内容を、それとわかるようにするわけですね。したがって、関係詞節の内容は「旧情報」ということになります。

ですから、制限的関係詞節は普通の情報の流れ、旧情報から新情報へという流れを逆転させているのです。

I knew the champion who broke the record.

この文は、普通は、「私はその記録を破ったチャンピオンを知っています」でいいのですが、実は、「who broke the record」は、もう相手も知っている、あるいは知っている可能性が非常に大きい情報です。ですから、その情報にあまり価値はないといってもいいわけです。

だから話し手は、本当なら「私はそのチャンピオンを知っています」だけでいいのですが、もしかしたら相手はそれだけではわからないかもしれない、ということで、念のために、「ほら、あの、記録を破ったチャンピオンだよ」というふうに付け加えている、そういう感じです。

英語学者の安井稔さんは、「関係詞節が付加されても先行詞の中身は増えも減りもしない」7と言っています。情報の重要さという点では、下図のようになります。

しかし、制限的関係詞節は、必ず訳し上げなければならないというのは間違いです。ひとつには情報追加型関係詞節という考え方があるからです。

●新しい情報を示す「制限的関係詞節」

つまり、「制限的関係詞節であっても、前提にはならないケースが多い」8、旧い情報にはならないのです。たとえば、

And they come across his hat that he neglected to pick up.

これは、「自転車に乗った少年が、帽子を拾い上げるのを忘れていたこと」という新しい情報を聞き手の知識に付け加えています。

もうひとつ、統合的関係詞節というのがあります。これは、ちょっとわかりにくいのですが、「主節と意味・統合的に一体化している関係詞節」9ということです。例文を見てみましょう。

The father who had planned my life to the point of my unsought arrival in Brighton took it for granted that in the last three weeks of his legal guardianship I would still act as he directed.

この関係詞節は、「彼の父親を他の父親と区別するもの」ではありません。「父がこれまで私の人生設計をしてきたという根拠、あるいは理由」を示しています。そうすると、訳としては、こんなふうになります。

「父はこれまで私の人生の設計図を描いてきて、そのために私はブライトンくんだりまで来なければならなかった。だから父は後見の権利のある最後の 3 週間も私が命令通り動くものと思っていた。」

こういう例は決して少なくないので、制限的関係詞節だからといって必ず訳し上げるということではなく、本当に限定的で前提になっているのか、それとも新しい情報を提示しているのか、それを慎重に見極めるべきです。

さらに、不定関係詞節があります。先行詞が不定名詞になっている場合です。これは、関係詞節が必ず新情報(断定)を表していて、前提にはなっていません。10

(a) I know a girl who speaks Basque.

(b) I know the girl who speaks Basque.

(a)は、私はある少女を知っているのであって、どんな少女かは前提ではなく、新しい情報です。「私はある少女を知っているけれども、バスク語を話すんだ」というわけです。

(b)のほうは、「その少女なら知っているよ、ほら、君も知っているように、あのバスク語を話す子だ」という意味になります。

不定関係詞節は新情報ですから、訳し上げないほうがいいのです。(b)のような定的先行詞の場合、関係詞節は the に含まれていると言っていいのですが、不定名詞が先行詞の場合は関係詞節の内容は先行詞に収まりきれないのです。

最後に、主節が空(から)の関係詞節があります。これは、主節の情報量が語用論的にゼロに近いケース11です。例文を見てみましょう。

Paris is a city that is most beautiful in May.

France is a country where it is often useful to exhibit one's vices, and invariably dangerous to exhibit one's virtues.

よくあるパターンですが、Paris と France が、「a city」「a country」と言い換えられています。それぞれパリ、あるいはフランスの上位概念になっています。これも順送りがふさわしい関係詞節になります。

次は「分裂文-強調構文」についてです。(次回に続く)

(2021 年 10 月 16 日 第 30 回 JTF 翻訳祭 2021 講演より抄録編集)

◎講演者プロフィール

水野 的(みずの あきら)

MITIS 水野翻訳通訳研究所 Director
1972 年東京外国語大学卒。(株)医学書院勤務。1988 年より放送通訳・翻訳と会議通訳に携わる。2002~2007 年立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科特任教授。2011 年~2017 年青山学院大学文学部英米文学科教授。元日本通訳翻訳学会会長。編著に『日本の翻訳論』(法政大学出版局)、著書に『同時通訳の理論』(朝日出版社)。

MITIS 水野翻訳通訳研究所 https://mitis.webnode.jp/

●参考文献

1de Vasconcellos, M. H. (1992). Text and translation:The role of theme and information.
Ilha do Desterro A Journal of English Language Literatures in English and Cultural Studies. 27: 45-66.

2 Firbas, J. (1999). Translating the Introductory paragraph of Boris Pasternak's Doctor Zhivago: A Case Study in Functional Sentence Perspective. In Anderman, G. and Rogers, M. (eds.), Word, Text,Translation. 129-141. Clevedon: Multilingual Matters.

3伊藤和夫『英語長文読解教室』研究社、1983 年、新装版 2004 年

4原仙作著・中原道喜補訂『英文標準問題精講』旺文社、1991 年

5梶木隆一・原仙作・J.B.ハリス『英文解釈の傾向と対策』旺文社、1967 年

6福地 肇「主節・従属節構造の英文解釈」『英語青年』2003 年 7 月号

7安井稔「関係詞節とその先行詞」『英語青年』2000 年 12 月号

8Bernardo, R. (1979). The Function and Content of Relative Clauses in Spontaneous Oral Narratives, Proceedings of the Fifth Annual Meeting of the Berkeley Linguistics Society. 539-551.

9Huddleston, R. & Pullum, G. K. (2002). The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: Cambridge University Press.

10Hooper, J. B.& Thompson, S. A. (1973). On the applicability of root transformations. Linguistic Inquiry 4: 465-4.

11福地 肇「情報量のない主節に続く関係詞節」『英語青年』2001 年 8 月号

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