日本翻訳連盟(JTF)

ビジネスプランは十人十色~自分らしい翻訳“事業”を考える~(前編)

講演者:英日・独日翻訳者、Sprachgetriebe Consulting 代表 宮原 健さん

●事業主に必要な金銭に関わる知識

在宅で翻訳の仕事をするにあたって、必要になるものを見てみましょう。

初期投資として、机、椅子、パソコンとモニターは必須です。また辞書、専門書、学習書などの資料、家賃、光熱費、ネット代など、初めからかかるものもいろいろあります。ほかにも、仕事のスタイルよってプリンター、印刷用紙、ペン、名刺などの事務用品、タブレットなど、必要とするものは増えていきますし、後々買い足すものもあるでしょう。

在宅翻訳者も会計の知識があれば良いに越したことはありません。翻訳業は一事業ですから、日々の収入がいくらあり、かかる経費がいくらあって、この月はこれだけ支出したと、家計簿のようにまとめて一年間の収支を記録し、2月16日から3月15日の間に税務署またはe-Tax(国税電子申告・納税システム)での確定申告が必要です。

ここでは細かくは触れませんが、申告方法には白色申告・青色申告があり、どちらの方法で確定申告するか、また税務署かe-Taxか、どちらで申告するかでも特別控除額が変わります。

売上と経費の帳簿の付け方は、簿記の知識があるとよいですが、そうでなくても自分で調べてできます。税務署では帳簿の記帳の仕方について指導もしているので、不安な方は相談してみてください。

私は、自分で帳簿をつけて把握することが大切だと考えているので、現状自分でしています。高校で簿記を勉強したので、帳簿つけが楽しいと感じているのも理由です。個人的な印象ですが、周りの同業者から話を聞くと、自分で勉強して帳簿をつけている人は結構多いようです。

一方、そうした事務処理にはなかなか時間をとられます。効率を重視して、ほかに時間を回したいという人は税理士と契約して対応してもらう方法もあります。税理士にお願いする場合でも、普段から簡易なメモくらいでも取るようにしてお金の流れを把握すれば、よりコスト意識が高まると思います。

●計上経費の目安

個人事業主がつける経費の計上は、国税庁や税務署から売り上げの何割までという目安が定められていません。一般的には、卸売業90%、小売業80%、製造業70%、飲食業60%、サービス業50%が経費率の目安と言われています。個人事業ではだいたい6割までというのがひとつの目安としてよく挙げられます。

ですが、翻訳業は、経費を差し引いた残りが収入(手取り)になるという点で、個人事業でも、たとえばものを仕入れて販売する仕事とは異なります。先ほど挙げた設備投資や追加で必要となる本や事務用品、買い替えるものなどで売り上げの6割になるかと言えばそんなことはなく、業種的に費用(経費)があまりかからない仕事です。根拠のない数字で恐縮ですが、推測するに、ほとんどの方が売り上げの1割~3割くらいで済ませられているのではないでしょうか。私は比較的経費が多めと思いますが、それでも年間で2~3割くらいです。

翻訳業の経費例を図3に挙げてみました。どの勘定科目で処理するかは目的によって異なる経費もあります(表とは違う処理もある)ので、あくまで参考としてください。また、業種によって経費に挙げるのに妥当なものは異なり、なんでも経費に計上することはできません。

図3

経費を差し引いた残りが生活費に直結するので、一事業主としてコスト意識はもっておきたいですね。

なお、会計処理については、2017年の翻訳祭で登壇した際の資料を公開しています。興味がある方はご覧ください。https://ja.sprachgetriebe-consulting.de/?p=851

●支出に対するコスト意識を持つ

コスト意識といえば、サブスク系の辞書サービスやツール系の経費は必要なのか、という質問を寄せられることがありますが、周囲が答えられるのは導入するメリットとデメリットだけです。最終的にはどうしたいかは、自分で判断しなければなりません。基本的に支出を増やしたくないという考えであれば、年間であまり使わないものには出さないことです。

私は駆け出しの頃に、翻訳支援ツールを買わないかと登録エージェントに言われて、9万円くらいのツールを割引価格の5万円くらいで買ったことがあります。当時、そのエージェントから十分な依頼をいただいていたので、すぐ回収できるという点を基準に支出を決めました。もちろん、ツールを必要としない仕事も少なくはありませんが、これを導入することでさらに仕事が得られるなら、という点を私は優先しました。

コストには、先ほど挙げた業界団体の年会費も含まれます。私は現状、業界団体や翻訳者向けポータルサイトのいくつかを有料で利用しています。どれも毎年1~2万円かかりますから、数が増えると目的なく出費し続けるにはもったいない額になります。それでも私の場合それを切らないのは、毎年方々から問い合わせをいただくチャネルになっていて、今のところはメリットがあると感じているからです。

年間で売上回収につながらないとか、よく利用するサービスの割引があるとか、そうした恩恵を活用できているかどうかは重要な検討要素だと思います。

●自分の健康や将来にも意識を配る

これから翻訳者になろうとしている方、なったばかりの方の中には、まだ意識していない方もいるかと思いますし、日々元気だからすぐには変化を感じないこともあるかと思いますが、「健康」はすごく重要なことです。

私は40歳近いのですが、翻訳者として駆け出したのが10年前の27~28歳あたりで、その頃と比べると体力が全然違います。副業から専業になる直前は、睡眠時間2~3時間くらいのことが1年近く続き、睡眠不足と不規則生活で今より体重は7kgくらい増えました。今もダイエット中なんですけど、10年前と比べると代謝が違うのでなかなか落とせません。

仕事を詰め詰めでがんばっていて特に運動不足と認識がある方は、とにかく睡眠・運動をしっかり取り入れることをおすすめします。また、定期的に自分をねぎらうことも忘れないでください。

将来計画も大切です。被雇用者は定年後、手続きを終えると厚生年金が入ってきますが、フリーランスは国民年金しかありません。現在、国民年金を40年間払った人の支給額は年間で78万900円です。月にならして6万5千円ほどです。

フリーランスは定年がありませんから、老後も仕事することを意識してなろうとしている人もいるかとは思いますが、とりあえず国民年金だけではどうにも生活できません。特に20代や30代でフリーランスに転身して生活費を稼いでいこうと考えている方は、国民年金以外の貯蓄をする計画も必要です。

たとえば、小規模企業共済、個人型確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」、積立型(貯蓄型)生命保険や、不動産投資をしている同業者もおられると聞きます。

フリーランスは退職金もありませんし、国民年金だけでは老後も心もとないので、こうした制度や方法を活用して、月々の収入から別途積立していくのが堅実です。初めのうちは、どれも手を出すほどの余裕はつくれないかもしれませんが、たとえば銀行に貯蓄する額の半分を小規模企業共済やiDeCoにまわしてみることで、多少の節税(所得税減額)効果もありますし、将来的に手元に残るお金がより多くなることを考えて、利用を検討してみてはどうかと思います。

●各種支援制度をフル活用する

先ほど簡単に触れた白色申告と青色申告に関連して、フリーランスになるとき、なったときに利用できる制度を少し紹介します。特に現在進行形で副業組の方は、今後専業になることも視野に入れているのであれば、タイミングによって利用できなくなってしまう制度もあるので気をつけましょう。

まず、被雇用時に払っていた雇用保険の活用機会は、失業中にもらえる失業手当だけではありません。たとえばハローワークを通して、教育訓練給付制度、職業訓練受講給付金、就職促進給付(いわゆる再就職手当)を利用できます。

就職促進給付は、ハローワークの相談から事業開始まで失業中でなければならないので、もし副業の段階ですでに開業届を出してしまっていたらもらえません。私も専業になった時にはとうの昔に提出していたので、利用できませんでした。

私が転職するためにハローワークを利用したのはもう12年前で、その時はこの就職促進給付制度について「起業した場合でも」可とはっきり案内文に記載されていたのを覚えています。最近は行く機会がないので実際に配られている印刷物で確認していませんが、ネットで公開されている配布物や厚生労働省のサイトには「起業した場合でも」とはっきりと記載されていません。少なくともわかりやすく明記されていないようです。ですが、雇用保険法施行規則を確認すると、現行でも第六節就職促進給付 第八十二条の二にはっきりと、「又は事業を開始した受給資格者」と明記されています。該当する方はハローワークに相談に行ってみることをおすすめします。

ほかにも政府や市区町村、県が実施している助成金などいろいろありますから、時々確認してみるとよいでしょう。私が住んでいる町でも、特に今は、新型コロナウイルス関連の措置として事業復活支援金とは別の支援金制度を実施していて、私ももらったことがあります。ネットに一覧をまとめて掲載している親切なサイトもありますが、載っていない制度もいろいろあるので、ぜひご自身で調べてみてはいかがでしょうか。(後編につづく)

(2022年10月7日 第31回 JTF 翻訳祭2022 講演より抄録編集)

◎講演者プロフィール

宮原 健(みやはら たけし)

個人翻訳者(英日・独日)。広島経済大学経済学部経営学科(会計専攻)卒。Sony EMCSや三菱重工業など複数の企業で社内通翻訳者の経験を積む。そして母校で留学生アドバイザーとしての専門知識を培った後、2019年に独立。前々職で同僚だった通翻訳者や同業者交流イベント等で知り合った通翻訳者とチームを組み、世界中のエージェンシーや直顧客に英独⇄日の翻訳サービスを提供している。2019年からJAT理事。現JAT理事長(2021-2023)。
主な受注分野:契約書、太陽光発電や精密機器などの取扱説明書/製造/品質管理・保証、広告全般、観光案内(ドイツ)。
その他得意分野:経営・マーケティング、国際会計、入管手続き、国際交流・教育。
https://ja.sprachgetriebe-consulting.de/

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