日本翻訳連盟(JTF)

ISO 規格の最新動向

ISO TC37/SC5ブリュッセル総会参加報告

2.翻訳部会(WG1)の報告

報告者:JTF ISO 検討委員会委員 佐藤 晶子(京都外国語大学外国語学部英米語学科教授)

ISO/DIS 11669 は投票、各国コメント対応を終え FDIS へ

森口専務理事からも報告がありましたが、今年度のISO TC37/SC5ブリュッセル総会は、2019年に開催されたオタワ総会以来4年ぶりに対面で開催されました。会場となった欧州委員会(EC)本部の建物ベルレモンの会場では久しぶりに会ったPメンバー国専門家のハグや握手が交わされ、社会的距離を保たなければならなかったコロナ禍の時期には考えられなかった光景を見ることができました。

ISOTC37Annual Forum が開催された欧州委員会本部ビル
「ベルレモン」(出典:ISOTC37 EP Event)

今回翻訳部会(WG1)で長い時間をかけたのは、ISO/DIS11669投票後のコメント対応でした。ISO/DIS11669は「Translation projects—General guidance(翻訳プロジェクト—一般指針)」であり、翻訳プロジェクトに関する努力義務を規定したガイドラインです。

要求事項ではありませんが、翻訳プロジェクトを依頼し、設定し、管理し、評価するための基礎となる翻訳プロジェクト仕様書を作成するための推奨事項を述べています。また、ニーズ分析やリスク評価、ワークフローの手順に関するガイダンスも含んでいます。FDIS段階に入り今回の総会では検討されなかったISO/FDIS5060が扱う翻訳アウトプットの品質を評価する手順は含んでいません。

この文書は、商業部門、政府部門、非営利団体を含むすべての部門に適用され、主に翻訳サービスを依頼する人を対象としていますが、翻訳サービスを提供する人や、プロジェクトの結果を利用する人、つまりエンドユーザーなど、他の利害関係者にも関連する場合があるとしています。

このISO11669が注目に値するのは「7.5 翻訳」の項で
『ISO18587:2017翻訳サービス—機械翻訳出力ポストエディットに関する要求事項』
『ISO17100:2015 翻訳サービス—翻訳サービスの要求事項』
『ISO 20771:2020法務翻訳要求事項』
の翻訳ワークフローを比較している点です。

MTとTMからの出力結果をポストエディットし、バイリンガルチェックへと進む翻訳ワークフローのISO18587と、TMを使った翻訳を行い、セルフチェック後にバイリンガルチェックへと進むISO17100とISO20771の3要求事項の比較を、翻訳および翻訳関連事項を行う言語専門家(Language Professional)のワークフローのチャートとして掲載しています。

言語専門家というと、通訳者も含まれるように読者の方々は感じられると思いますが、この規格には「通訳は含まない」と適用範囲で述べられているため、通訳業務は含まれません。上記3要求事項で定義された翻訳者、バイリンガルチェック担当者、ポストエディット担当者ではない、言語専門家を提示した点に唸らざるを得ません。
『ISO17100:2015』の認証取得者の私は、更新審査、認証維持審査の際に、翻訳者、バイリンガルチェック担当者、プルーフリード担当者に関する確認が必ずあり、これまでの要求事項で定義されていなかった言語専門家としての役割を認証維持に必要な担当者として考えたことがなかったからです。言語専門家という表記で何の枠が広がるかは、未知ですが、少なくとも翻訳に関わる担当者として重要な位置付けになるのではないだろうかと考えています。

翻訳プロジェクト策定プロセスに関する国際標準化

経済産業省の「戦略的国際標準化加速事業:政府戦略分野に係る国際標準開発活動調査研究(翻訳プロジェクト策定プロセス、観光通訳及び情報付与プロジェクト管理に関する国際標準化)」の1プロジェクトである「翻訳プロジェクト策定プロセスに関する国際標準化」の『組織内翻訳者に関するガイドライン』策定に関わっています。

2021年からオンラインで国内外専門家と情報交換や意見調整を行い、2023年初頭は幹事国ドイツや欧州委員会、欧州議会で組織内翻訳に従事している専門家を訪問し、アドバイスを拝聴し、日本の事情も説明し、理解を促す努力を続けてきました。

幹事国ドイツ、議長国カナダ、翻訳部会(WG1)コンビーナから許可を得て、6月12日WG1のセッション内で『組織内翻訳者に関するガイドライン』新規作成に関し、30分間説明を行ないました。15分間ほどの質疑応答時間ではほぼ全員の専門家からご意見、アドバイスをいただきました。

日本からの新規国際規格『組織内翻訳者に関するガイドライン』提案は、経営管理、労務管理、リスク管理、組織内コミュニケーションに重点を置き、翻訳ワークフロー、および翻訳プロセス、翻訳評価に重点を置くISO11669、ISO5060との差別化が明確となるよう、さらに修正を行った草稿を7月中に幹事国ドイツに提出し、Pメンバー国に回覧し、投票を行うことになりました。

セッション発表において確認した事項は以下の通りです。

(1)これまでなかったIn-house translatorの定義を含める。
(2)PDCAサイクルを他の規格の写しではなく、表記を変えて加える。
(3)MTとTMを効率的に使えるよう、ISO17100:2015ではAnnex AのB3項で一文でしか触れていない翻訳者がバイリンガルチェックを行うことを許容する文言についても、組織内翻訳者が業務しやすい表現の条項を入れるべきである、などを記載してほしいとの提案も取り入れ、草稿を修正する。
(4)組織内翻訳者について、ISO国際規格と組織内規または定款との「ダブルスタンダード」になることはないため、本国際規格が組織内においてポジティブな存在となるよう、進めていく。

以上の経過をご報告します。修正草稿を7月夏休み前に提出し、新規国際規格提案としてWG1のPメンバー国に投票案件として回覧する予定です。

なお、通訳部会(WG2)に関するセッションは翻訳部会と重複していたため、出席できませんでした。「戦略的国際標準化加速事業」の観光通訳に関する日本のプロジェクトは、最終日の総会で所属する分科会についてPメンバーの意見を聞くことになりました。

通訳部会で策定される ISO13611 および ISO18841 の進捗状況

今回の通訳部会はセッション数が少なく、話し合いは2セッションで終了しました。DIS投票後にコメント対応が行われたISO/DIS 136111 は、『ISO13611:2014 通訳—コミュニティ通訳のためのガイドライン』から「通訳サービス—コミュニティ通訳—要求事項および推奨事項」と要求事項が加わった名称に変更されます。内容も努力義務から義務を含めたものとなります。この国際規格はFDIS 投票に進むことになりました。2023年度中に発行される予定です。

『ISO 18841:2018 通訳サービス-一般要求事項及び推奨事項』は、統合国際規格として2018年発行後の技術開発と新たな専門規格を網羅する必要があるため改訂が必要であるとの確認が行われ、SC5 に勧告しました。今後WG2で改訂の話し合いが行われていくことになります。

TC37 ソーシャルイベント(ブリュッセル市内散策)写真
ギャラリーサンチュベール
(出典:佐藤撮影)
ブリブュッセル市内散策前に集合したブリュッセル公園
(出典:ISOTC37 EP Event)
ブリュッセル市内散策後、参加者全員が会食したレストラン
Aux Armes de Bruxelles (出典:ISOTC37 EP Event)

○報告者プロフィール

佐藤 晶子

日本翻訳連盟個人会員。JTF ISO検討委員会委員。現在京都外国語大学外国語学部英米語学科教授。2016年、個人として『ISO17100:2015』認証を取得し2回更新を行なっている。『ISO9001:2015』審査員補。組織内翻訳の業務年数が長く、組織内翻訳者に関する人事、労務管理の視点からのガイドライン策定は必須であると考えている。経済産業省「戦略的国際標準化加速事業」に採択され、ISOTC37 SC5国内委員としてISO国際規格策定に関わっている。

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