どうする⁉ 翻訳通訳業界
~業界4団体トップが語るこれからの翻訳通訳~
【後編】ディスカッション
「翻訳の日」連動企画 パネルディスカッション
[2]翻訳・通訳業とテクノロジー
森口(司会):ちょうど今、隅田さんから「テクノロジー」というキーワードが出てきましたので、次のトピックに移りたいと思います。
翻訳通訳業界にまつわるテクノロジーというのは、翻訳メモリのツールや用語集の管理ツール、音声認識、もちろん機械翻訳もあります。最近は生成AIも出てきていますが、みなさまがどのようにテクノロジーとの関わりを認識されていて、その重要性をどのようにお考えになっているかということをお伺いできればと思います。
では、日本翻訳者協会の狩野さんからお願いします。
●テクノロジー活用の重要性
狩野(JAT):翻訳者でテクノロジーと言えばCATツール(翻訳支援ツール)だとは思うんですが、さっきおっしゃった機械翻訳だったり生成AIだったり、こうしたテクノロジーがこの3年でも、すごい勢いで発達して、翻訳通訳業界に普及していっています。
翻訳者としては、これらを一つのツールとして活かせるテクノロジーだという考え方がある一方、翻訳者の代わりになるテクノロジーという誤解を招くのではという考え方もあるのが現状です。
最初に隅田さんからAAMTの活動についての説明にあったように、機械翻訳の必要性があるのは翻訳者もJATでも認めています。人間の翻訳ではできないぐらいの量があるけれども、機械翻訳で何でもできるわけではないので、機械翻訳が向いている文章であったり、機械翻訳やAIが向いている分野には、データを提供したり、機械のテクノロジーを提供していかなければいけない。とはいえ、そういう違いがあることをJATでもみなさんの団体でも、クライアントに対しても教育しないと、翻訳者がテクノロジーをなかなか受け入れづらいところがあると考えています。
テクノロジーとの共存は前向きに受け入れなければいけないけれども、一つのツールとして受け入れて、翻訳者の代わりになる部分はどこかなど、細かいところを説明しながら先に進んでいかなければいけないなと思っています。
森口(司会):ありがとうございます。今お名前が出ましたが、アジア太平洋機械翻訳協会の隅田さんは、今の日本翻訳者協会の狩野さんのご意見についてどう思われますか。
隅田(AAMT):狩野さんのおっしゃる通りだと思っています。AIというものを、魔法だと思う人が世の中に山のようにいます。それがクライアントだったり、翻訳会社にもいらっしゃったりすると、最終的には翻訳者が困ることになってしまいます。
先ほどAAMTの活動の中で、「MTユーザーガイド」を作ってそれを広く公開していると申し上げたのは、クライアントにもっと翻訳プロセスとかAIの限界とかを知ってもらいたいし、知ったうえで使ってほしいと考えてのことです。AAMTとしてはもっともっと頑張りますし、みなさんの団体とも協力しながらクライアントにリーチして、そういうことを言っていきたいと考えています。
そうしないと最終的には誤解のもとに悲惨な状況になることもありえます。それは全然ハッピーではありませんよね。道具を作っている我々としても、みんなに喜んで使ってもらいたいと思っていますので、クライアント教育というとちょっと言葉が強いかもしれませんけれども、みんなに実態を知ってもらいたいということは強く思っています。
森口(司会):ありがとうございます。「人間の限界」というキーワードがありますが、翻訳の業界で、実際に人が処理できる量にも限界があると思うんです。現状がどのぐらいのパーセンテージなのかという話はできないと思うんですが、コロナの前の段階で数パーセントしかプロの翻訳者が処理できていないという話もあります。それ以外の部分は翻訳されないまま残るというのは幸せなことではないので、機械翻訳に向いたコンテンツはどんどん処理できるようになるといいんじゃないかという話もあると思っています。
日本翻訳連盟としてはいかがでしょうか。翻訳会社の中には、その数パーセントの部分を一生懸命処理されている企業もあると思いますし、テクノロジーをもっと活用して、もっとその割合を広げていこうという考え方もあると思います。どのようにテクノロジーを活用していくのがよいと思われますか。
●AIリテラシー教育の必要性
安達(JTF):JTFは翻訳会社を基本とする法人会員と、翻訳者を基本とする個人会員がいると最初に説明しましたが、実はもう一つ、翻訳関連の部署で翻訳に携わっていて直接我々とコンタクトがあり、会社としては会員になれないけれども、個人会員として情報収集とか交流のために会員になっておられる方がいらっしゃいます。
それで、AIとどう向き合って翻訳に活用していくかという話になったときに、やはりそこにクライアントもいてほしいという思いが正直あります。もちろん個人会員のままでもよいですし、法人会員として翻訳通訳業界の団体に加盟していただいて、一緒に議論できるような形になるのがいいんじゃないかと思っています。
そのためには、先ほどAAMTの隅田会長も言っておられましたけど、やはりリテラシーが必要ですね。リテラシーといってもいろいろありますが、一番大きなくくりで言うと、情報のリテラシー、情報の扱い方ですね。今までも翻訳のツールとしていろんなものを使っているときにITリテラシーが必要でありましたが、同様にAIリテラシーが必要になってきます。
要するにAIを扱うとどういうところに問題があって、どういうところに気をつけないといけないかといったリテラシー教育に、今後、翻訳会社も、翻訳業界としてもシフトしていかないと、大事なところをわからないまま利用して、とんでもない結果になってしまう可能性があります。
JTFとしては今後、生成AIの出してくる答えは、こういうところに気をつけないと誤った使い方をしてしまうかもしれない、あるいは情報がただ取られるだけというようなことも含めて、情報の扱い方、AIリテラシー教育を業界団体として扱っていかないといけないんじゃないかと感じております。
森口(司会):ありがとうございます。業界団体としてテクノロジーと向き合うのは当たり前で、そこに情報リテラシーを高めていく必要があるとおっしゃっていただいたと理解しています。「リテラシー」や「教育」という言葉は今後非常に重要になっていくと思うんですが、翻訳業界でAIとどう向き合うかということに関しては、次のトピックで触れたいと思います。
ここまで、翻訳のほうはテクノロジーと前向きに向きあって、積極的に取り入れていくべきだというふうに理解したんですけども、日本会議通訳者協会ではいかがでしょうか。
●音声テクノロジーの可能性
関根(JACI):JACIとして特に公式見解を出しているわけではないのですが、やはり通訳者に聞くと、AIも含めてテクノロジーが怖いとかいやだと言う人はいないと思うんですけど、正直まだどう向き合っていいかわからないという人が大多数のような気がします。
通訳業界のユニークさというのもありますが、コロナが始まる前は、けっこうアナログというか、デジタルやテクノロジーとは無縁の業界だったんです。今でも同時通訳ブースの対面の現場に入ると、40年前に設計されたデバイスが現役ですから。
では、どういうテクノロジーが今現場に入ってきているか、使われているかというと、テクノロジーによる自動通訳というレベルではまだありません。少なくとも僕が見たものの中では全然使えないものばかりなので、そこはまだ恐れなくていいと思うんですけど、どちらかというと音声認識のレベルはすごく高まっています。
そしてそれは同時通訳でも一部の人はもう活用し始めています。人間の記憶にはやはり限界があるので、画面の横にバーッと文字が出てきたらすごく楽じゃないですか。それを見ながら訳すことができますし、音声確保はけっこう地味に効いてくるというか、大きいというか、そのように感じています。
通訳業界は女性が多いんですけど、一部クライアントには男性がいいとか、低音が効いた声が欲しいとか、そういう要望があるんです。通訳は本当にうまいのに、声がハスキーすぎて聞きにくいとか、そういうのもあって、不利なケースも多くあります。そこで、音声のリアルタイム加工のようなテクノロジーがもっともっと発展してくれば、女性がドスのきいた60代の男の声で話したり、少女みたいな声でしゃべることもできるんじゃないかと思います。そういう意味では音声的には面白いですね。
●AIのラーニングと翻訳通訳情報
関根(JACI):それから、これはみなさんの意見を聞きたいんですけど。いわゆるラーニングなどに情報が使われている。そこで、JACIが通訳団体として何ができるかというと、正直今できることはあまりないんですけど、私が個人的に注目しているのは、ハリウッドの脚本家と俳優のストライキです。
例えば俳優が自分たちの声を勝手にラーニングで使うなとか、二次使用はどうなんだという話があります。あれがどう決着するかによって、音声データがどう使われるかということでは、通訳業界に多少なりとも影響があるんじゃないかなと思っています。
森口(司会):今の関根さんのご質問にどなたかご意見ありますか。ハリウッドの俳優さんだったり、デザイナーさんだったりとかですかね。
関根(JACI):脚本家と俳優ですね。ストライキでは、俳優が求める細かい条件がいろいろあるんですけど、通訳団体として興味があるのは、声をテクノロジーのラーニングに使われるときに、例えばどういう報酬形態になるとか、ルール周りはどうなるとか、二次利用、三次利用はどうなんだとか、そういった点です。そこが今まで通訳業界では曖昧なまま、誰も向き合ってこなかったので、ハリウッドのストライキによってそういう問題がどう決着するかに、非常に僕は関心を持っています。
森口(司会):いわゆる法規制的な部分もあったり、ラージランゲージモデル(大規模言語モデル)の話が最近よく出ていて、技術的な課題ももちろんそうですけど、社会的な課題にどう向き合うかといったトピックがたくさん挙がっているのは事実ですよね。
関根(JACI):翻訳団体のクライアント会員、企業会員さんからそういった声は出てこないんですか。例えば僕の記憶が正しければ、最近、ニューヨーク・タイムズが記事をAIのラーニングに使うなというようなことを言っているじゃないですか。クライアントからそういう話は出てこないんですか。
安達(JTF):アメリカのニューヨーク・タイムズと同じように、ヨーロッパなどでも、AIの学習に自社のデータを使う場合には無断で使うなという形で、いわゆる著作権の問題が起きていて、いろんな規制が出てきていますよね。
日本はまだそういう規制が、すでに審議は行われているのかもしれないけれど、表には出ていませんが、これからたぶんそのあたりが重要になってくるんじゃないでしょうか。すでに改正著作権法もありますけども、学習データとして、これはいいけどこれはダメみたいな議論はこれから出てくると思います。
森口(司会):アジア太平洋機械翻訳協会の隅田さんお願いします。
隅田(AAMT):今の議論なんですけれども、基本的には法律はそれぞれの国ごとに違うので、一概には論じることができませんし、欧米とアメリカと日本では全然事情が違います。
日本で考えると、個人情報保護法というのがあって、これが非常に厳しくて、音声データを学習に使うとかいうことに関する規制はすごく強いものがあると思います。これから状況がどうなるかよくわからないし、最終的にみんなが満足する方向に持っていくために、業界団体も何か言わなければいけないし、法律を作る人も含めて、いい方法を探していくんだと思うんですね。
日本新聞協会は懸念を表明しています(※)が、アメリカでは、ニューヨーク・タイムズの話がある一方、AP通信は契約の形態でオープンAIにデータを出すということを言ってますし、どういうソリューションが一番いいのか、みんなが知恵を集める段階だと思います。
※ https://www.pressnet.or.jp/statement/20230517.pdf
森口(司会):やはり業界的には、ChatGPTの衝撃と言いますか、使える、使いやすい、こんなこともできちゃうんだという衝撃があったので、いろいろなことをみんなが不安がって、心配になっている段階なのかなと思っています。著作権もおそらくそうでしょうし、これからいろいろなルール決めがされていく、明確化されていくという感じなのかなと私はイメージしているんですけど、そんなイメージでよろしいですかね。
●業界としてのAIポリシーの発信を
森口(司会):AIを活用するという意味では、機械翻訳もAIですし、生成AIもありますね。例えば生成AIに頼めば要約してくれたり文法を直してくれたりします。先ほど音声の話もありました。
そこで今後のAIの可能性について、先ほどの関根さんの話にも出ていたかもしれませんが、みなさんのAIとの付き合い方、今後こういうふうになっていくだろうというイメージがありますでしょうか。日本翻訳者協会の狩野さんいかがですか。
狩野(JAT):個人翻訳者の立場から話すと、機械翻訳よりChatGPTのほうがツールとして個人翻訳者の中で活かせるのではないかと思います。
もちろん翻訳する内容などによりますが、機械翻訳は文字を変換していくという、翻訳プロセスの中であまり時間がかからない作業を速くしてくれるツールです。一方、AI、ChatGPTのツールは最も時間がかかっているリサーチやコンテキスト(文脈)、背景についての調べものを速くしてくれるという面では、一つの案件の中で活かせるツールだと私は思っています。
ただ、まだ出てきたばかりのツールで、このツールについて知識がない中、みんなが使っている状態です。さっきおっしゃっていたAIリテラシーとかAIエシックス(倫理)、例えばこれはどこで使えるとか、どういう使い方をすればいいとか、また出てくる情報を信じていいかどうかとか、このあたりのルールや考え方がまだまとまってない中で使っていくことに対しては、個人としても業界の中でもすごく不安なところがあります。
さっきおっしゃったニューヨーク・タイムズも、イギリスの新聞ガーディアンも、AIとはこういうふうに向き合っていくとか、こういう使い方をするということをどんどん発信していますが、翻訳通訳業界はまだ何も発信していないようなので、これからどうなるのかなと思っているところです。
個人の翻訳者やJATのような小さな翻訳者協会は、「これからの翻訳業界はAIに対して、こういうふうに考えています」という発信をすることがなかなかできないんですけれども、Locworld(ロックワールド)のような、翻訳会社や翻訳協会が集まるグローバルな場で、「翻訳業界はこういうふうにAIについて考えています、こういう使い方がいい、こういうところは気をつけて」というようなルールなどが定まれば、翻訳者はもっと活用できるんじゃないかなと思います。
私は、日本国内だけでAIリテラシー、AIエシックスについて語ってルールを決めたとしてもあまり影響はないと思っているので、もっとグローバルに業界で一緒になって、AIの活用の仕方について語っていく、考えていくべきだと思います。
それを踏まえて、個人の翻訳者としてこういう案件ではこんな使い方でいいとか、使った場合はちゃんと公開しなければいけないとか、こういったシンプルなルールから、翻訳業界としてはAIの取り入れ方はこういうふうにやっていくという方針を示す。ニューヨーク・タイムズなど外国の新聞が自分たちのAIポリシーについて発信しているように、翻訳業界もこういうAIポリシーを発信していけばいいなと思います。
森口(司会):ありがとうございます。せっかく4団体が集まっていますので、協力、連携をする一つのきっかけになるといいと思います。