私の一冊『世界のたね——真理を追いもとめる科学の物語』
第34回:研究者(フランス哲学) 宇佐美達朗さん
翻訳者という存在をおぼろげながらに初めて意識したのはおそらく本書であった。その理由はもはや定かではないが、古代ギリシア哲学から現代物理学までの科学史(こう言ってよければ西洋思想史)を概観する点が、当時すでに親しんでいたはずの外国文学とは違った印象を幼心に与えたのかもしれない。
こうした複数の分野や時代にまたがる本の翻訳で難しいのは専門用語の類いだ。自分の専門なら勘が働くが、それ以外はいろいろと調べ物が必要になる。辞書に記載されている訳語をそのまま採用できるとは限らず、裏を取らねばならないことも多い。インターネットの普及でそれもかなり楽になったはずだが、それでもネット上に情報が乏しかったり日本語でまだ定訳がなかったりする用語も少なくなく、そうしたときは専門の事典や辞書等々にあたらねばならない(とくに今は白水社の『仏和理工学辞典』に助けられている)。
ほんの数行、たった一単語に注ぐ労力としてはいろいろと釣り合いが取れていないのかもしれないが、こうした「廻り道」も哲学研究の醍醐味で、素人ながらに勉強し続ける日々である。
◎執筆者プロフィール
宇佐美達朗(うさみ たつろう)
博士(人間・環境学)。著書に『シモンドン哲学研究』(法政大学出版局、2021年)、共訳書にエマヌエーレ・コッチャ『メタモルフォーゼの哲学』(勁草書房、2022年)、ティム・インゴルド『ライフ・オブ・ラインズ』(フィルムアート社、2018年)がある。
★次回は翻訳家の多賀健太郎さんに「私の一冊」を紹介していただきます。