私の一冊『魂の形について』
第35回:翻訳家 多賀健太郎さん
魂は見えない。見えないからこその魂。そんな不可視の魂にもし形があるとしたら……。形なきものの形をふと空想してみる、そんな児戯に類したたわいもないことをだれしも一度や二度は試みたことがあるにちがいない。
遙か古代の、エジプト、シュメール、ギリシア・ローマ、北欧神話から、果てはインド、中国、日本にいたるまで、古今東西の書物をひもとき蘊蓄を傾けながら、いたって平明に、むしろ何の衒いもなく、どこまでも清澄に軽やかな調子で語りかけてくる。「いかにはるかに顕たりしものかたましひの樹木に透る風となるまで(山中智恵子)」という劈頭に掲げられたエピグラムが通奏低音のように本書を貫いている。
著者、多田智満子(1930-2003)はいうまでもなくフランス文学、とりわけマルグリット・ユルスナールの名訳者としてつとに知られている。彼女の文章は詩人であるだけにつねに凛として研ぎ澄まされ、冗漫さが微塵も感じられない。瀟洒な装幀や金沢百枝の秀逸な解説も含めて、私にとっては大切な一冊。
◎執筆者プロフィール
多賀健太郎(たが けんたろう)
翻訳家。専攻は哲学・思想史。訳書に、ジャンニ・ヴァッティモ『透明なる社会』(平凡社)、『フロイト全集 第八巻 機知』(共訳、岩波書店)、オスカル・パニッツァ『犯罪精神病』(共訳、平凡社)ジョルジョ・アガンベン『王国と楽園』(共訳、平凡社)など。
★次回は、日欧交流史研究者の小川仁さんに「私の一冊」を紹介していただきます。