メディカル翻訳:戦略的パートナーシップへの挑戦!クライアント&シニアPMが伝える勝ち残り戦術
2012年度第8回JTF翻訳セミナー報告
メディカル翻訳:戦略的パートナーシップへの挑戦!
クライアント&シニアPMが伝える勝ち残り戦術
小野田 哲也氏 |
坂本 奈央氏 |
2012年度第8回JTF翻訳セミナー報告
2013年3月14日(木)14:00~16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●「メディカル翻訳:戦略的パートナーシップへの挑戦!クライアント&シニアPMが伝える勝ち残り戦術」
講師●小野田 哲也 大塚製薬(株)新薬開発本部 開発部 科学文書室 顧問/坂本 奈央 (株)アスカコーポレーション シニアプロジェクトマネージャー
報告者●津田 美貴 個人翻訳者
今回の講演者はお2人。まず、小野田氏がクライアントの立場からお話くださった。
日本は、基礎研究論文数は世界4位、ノーベル生理学賞受賞者を輩出し、日本発の新薬数は世界3位、単独市場としても世界2位であり、欧米のメガファームから見てとても魅力的な市場である。反面、臨床論文は世界25位、治験の空洞化(日本抜きでの臨床開発)、ドラックラグ(新薬開発、承認、販売の遅れ)という悪い面もある。この解決策の1つとしてグローバル治験がある。しかし、このグローバル治験が主流となることで、日本の製薬業界と医薬翻訳業務は激変してきた。
グローバル治験とは、臨床Ⅱ、Ⅲを世界中で一斉に行う手法である。従来の、すでに海外で販売されている医薬品でも、再度日本で臨床Ⅰ、Ⅱ、Ⅲを行い、日本国内で再度販売許可を取ってという手順を踏まなくてよいため、ドラッグラグを解消できる。ただし、同一protocol下で日米欧など世界の各地域で同時に実施される臨床試験のため、文章も集計票も会議もすべて英語を共通語として使う。そのため、大量の翻訳をリアルタイムにかつ当局や医療現場向けの正確な翻訳で行う必要がある。したがって、低価格、短納期、高品質な翻訳をクライアントとしては求める。
特に品質は重要で、一度データベースに入れると修正が不可能であり、また世界中で通じる英語でないと困る。また、グローバル開発下における日本発信の情報のポジションが向上したため、米国FDAの審査官に却下されないように正しい英語で文章を書き、書類を提出しなければならない。つまり、意味の通じない英語ではNGということだ。質の高い英語であることを担保しなければならない。そのため、クライアント側としては、納品された翻訳物がきちんと綺麗な英語で書かれていることを翻訳会社に保障して欲しい。
もちろん、医療翻訳文章には多種多様な種類があり、書類によって、社内で使うから意味が通じればよいというものから、当局に提出するのでキッチリ訳してほしいまで、求められる翻訳品質はさまざまである。
新薬開発サイクルの各節目節目でさまざまな文章の英訳・和訳が必要になる。特に重要な書類は、米国ではIND、欧州ではCAD、日本では治験届である。これらの書類がパスして初めて人への治験が許可される。治験後に重要な書類はIB、protocol、CSR。他にも、当局との相談資料、議事録、照会事項、社内会議資料と考える。IB、protocolは治験ごとに必要であり、CSRは1000ページ以上の膨大な量であり、会議資料や当局との議事録は何をどのように取り決めたかを後日閲覧する必要がでてくるためだ。CTD対象外だが米国ではISEとISSも必要なため、重要な書類の1つとしてあげておく。
最近では、書類は電子申請が可能となっており、特に欧米では電子申請でないと受け付けなくなった。テンプレートを崩さないようにという指示がでるのは、こういう事情のためだ。
今日では、翻訳者1人だけでの作業はますます困難になってきている。例えば、医学の進歩、用語の統一(MedDRA使用、ICHガイドラインなどの知識)、機密性の高い参考文献へのアクセス制限(翻訳会社のサーバーへの閲覧のみ)、電子申請(テンプレート、スタイルガイドなど行動な編集スキル)など。特に、記号の使い方などのスタイルガイドやテンプレートを崩さないなどのチェックをしないと、エラーが発生し文字化けやファイルの生成ができないなどの問題が発生する。1人では思い込みをしてエラーをスルーしてしまう可能性が高いため、他人のチェックがかかせない。また、クライアント側でも、MedDRA使用や機密性の高い参考文献へのアクセス制限の管理などが個人単位では難しい。
そこで、翻訳会社の方には、翻訳者とクライアントの間を上手く橋渡ししてほしい。業界・ガイドライン情報の把握、上手な翻訳者を複数名用意し、期間を短縮できるようなスケジュールを提案し、納品日を厳守し、クライアントに対して翻訳者へのフィードバックをもらう努力をし、上級者による訳文チェックとネイティブチェックを実施しクライアントがノーチェックですむ訳文に仕上げ、スタイル、テンプレートが崩れていないかチェックし(特に数字や用語の統一)、セキュリティも高めて欲しい(少なくともファイルにパスワードをかけてやり取りしてほしい)。
もちろん、クライアントがすべきことも多い。約束の期日通りに原稿を提出し、どういう目的で使用するのか翻訳の目的を説明し、参考資料、用語集を提供し、スタイルガイドを提供し、窓口を一本化する。そして、可能な限りフィードバックを行うことも大切だ。
翻訳の際に注意して欲しいのが、重篤と重症の訳し分け。Serious(重篤)は命にかかわる危険がある状況のことで、製薬会社の人間としてはドキッっとする。対してsevere(重症)は処置を適切に行えば命にかかわる危険がない状態のことを指す。この違いをキチンと理解して訳してほしい。
最近欧米では翻訳者の署名と資格・翻訳経験証明が求められることがある。特に学歴などのバックグラウンド。現在は必須ではないが、将来これらが必須になる日も近そうであるということも知っておいていただきたいことの1つである。
もうお一人、坂本氏は翻訳を受注し翻訳者を選定する翻訳会社のPMの立場でお話くださった。
ここ最近、治験数は右肩上がりで最新のデータでは1年間に689件提出されている。ワクチンなどの申請も多いが、メインはガン治療薬である。
グローバル治験が始まる前までは納期は数ヶ月単位であったが、最近では長くても3ヶ月、短いものだと1~2日という納期も少なくない。そのため、納期を短縮させつつ良い訳文にするために効率化が求められる。品質を保ちつつ効率化するのは難しいが、当社ではプロセスを効率化するために、マクロを使用したり社内QCガイドを作成したりした。
先ほど大塚氏のお話にもあったとおり、依頼された翻訳案件によって品質が求められているのかスピードが求められているのかを見分ける必要がある。私の経験からスピードが求められるものはCIOM、専門性が求められるものは論文、専門性とスピードの両方が求められるのは照会事項であると感じている。
eCTDの提出も右肩上がりで増えているので、テンプレート・スタイルガイドを崩していないかや、用語の統一(特に、文書間の用語統一、表現、文章のトーンなど)などが大切になってきた。もちろん、セキュリティの高さも求められる。当社ではISO27001を取得することでセキュリティの高さを対外的に示した。
PM個人として心がけていることは、①文章の知識や業界の流れを知り、②読み手にあわせた仕上がりのイメージを持ち、③リスクを想定し、そのリスクをどう分散するかを考え、④情報を共有することに注意している。PM各人がこれらを意識することで、翻訳会社=文章作成のプロという風になれるのではないだろうか。
私がチームの一員としたい翻訳者の方は①真似る(文章をまねることを意味し、独自色は不要)、②調べる(①とも関連するが、医療現場と同じ知識を持っているということ。学会や展示会に行ってみる、翻訳会社に行って見るなどすれば自然と身につく)、③質問する(基本的なことでもわからないことは質問して欲しい。ごまかし訳は翻訳会社にもクライアントにも伝わるので、自信がない訳はメモとして残して欲しい)ことができる方である。