TCシンポジウム2012【東京開催】参加レポート
TCシンポジウム2012【東京開催】参加レポート
名称●テクニカルコミュニケーションシンポジウム2012【東京開催】
期間●2012年8月28日(火)、29日(水)
場所●工学院大学新宿キャンパス
主催●一般財団法人テクニカルコミュニケーター協会
詳細●http://www.jtca.org/symposium/index.html
報告者●深井徳朗(アヴァシス株式会社)
2012年のTCシンポジウム(テクニカルコミュニケーションシンポジウム)は、例年どおり東京と京都の2会場で開催されました。昨年は、東日本大震災に伴う節電対策の影響で、事実上京都開催のみでしたので、2年ぶりに東京で開催されるTCシンポジウムに参加しました。2日間の参加者総数は、1,000人を超えたとのことで、例年通りの盛況ぶりでした。
ここでは、私がコーディネーターを担当した「新しい翻訳のかたちを考える ~機械翻訳を使った仕事のやり方とは~」というセッションを紹介します。
パネリストには、機械翻訳開発の第一線で活躍されている東芝の鈴木博和さん、NICT(情報通信研究機構)の内山将夫さんのお二人、さらに機械翻訳を業務で活用して成果をあげているシスコの山田薫さん、バオバブの相良美織さんの計4人の方にご登壇いただきました。
本セッションのテーマは、機械翻訳を活用した価値ある仕事のやり方を考えようというものですが、“機械翻訳は精度が悪くて、どうせ使い物にならないでしょ”という業界の雰囲気を正直に認めるために、公のホームページで機械翻訳に起因する誤訳が社会問題として大きく取り上げられたという、最近のできごとを紹介することからセッションを始めました。
まずは、聴講者の認知度を知るべくアンケートをとったところ、クライアントとベンダー(または翻訳者)がほぼ半々の割合で、機械翻訳を業務で活用している人(会社)は数人という状況でした。TC業界(主にマニュアル制作)では、品質に重きを置く傾向があるので機械翻訳の普及がまだまだといった状況は予想どおりであり、セッション内容もそれに合わせて進めました。
はじめに、鈴木さんから、機械翻訳を使う上で根本的に考えるべきことをわかりやすく説明いただきました。機械翻訳を「ハサミ」にたとえて、鉄を切る「ハサミ」で爪は切れないのと同じように、目的に合わせて機械翻訳の種類を選択し、使い方を変えないと逆効果にもなり得るということ。実際に2種類の機械翻訳からの出力結果を、それぞれadequacyとfluencyの観点で評価した結果のグラフが提示されました。グラフ形状はまさに対照的で、特性の違いは明白でした。機械翻訳の精度ばかりに注目しがちですが、機械翻訳にはそれぞれ特長があり、得意/不得意を翻訳対象に合わせて使い分けるべきだということがよくわかりました。
続いて、シスコの山田さんからは、製品マニュアルなどの技術文書翻訳に関する課題を機械翻訳とポストエディットで改善した事例紹介がありました。要件としては、高品質(精度の高い翻訳)、大量で増大するコンテンツ(スピーディーな翻訳)、多言語展開であり、機械翻訳とポストエディットのワークフローは、この要件をバランスよく解決する手段だったそうです。機械翻訳の活用検討をシスコだけで推進するのではなく、機械翻訳の開発ベンダー、プロセスをマネージメントするサービスプロバイダー、そしてユーザーとして自社(シスコ)の3社の協力体制によって効果的な協業ができたことが成功要因とのことでした。
機械翻訳のトレーニングとカスタマイズを積み重ねることで、15文字以下の短文であれば、人力翻訳と同レベルの翻訳品質を実現できるようになったそうです。さらに、スループットが約50%向上し、翻訳コストが5%低下。次年の翻訳コストは34%低下する見込みとのことで、目を見張る効果に驚きです。シスコにおいて機械翻訳の活用は、日本発の取り組みであり、今後は海外へ展開していく予定というお話があり、機械翻訳は海外先行と先入観を持っていた私にとっては、さらなる驚きでした。
NICTの内山さんからは、NICTについての紹介と、研究開発している機械翻訳や翻訳支援ツールの説明がありました。ケータイアプリのVoiceTraで有名なNICTですが(うるう秒も決めているんですね)、TC業界ではあまりなじみがありません(すみません)。研究開発成果を日本社会に還元し、フィードバックを得て次の研究につなげる、という有機的なサイクルの実現がNICTのミッションであると紹介されたのは、機械翻訳に興味があるものの一歩を踏み出せない翻訳現場にとっては有効な情報だったと思います。翻訳対象に合わせて機械翻訳を選択し、コーパスや用語集など多くの翻訳資源を用意して、トレーニングとカスタマイズといったシステムメンテナンスする3点がキーポイントであるとのことです。内山さんとは同郷ということもあり、ぜひともコラボレーションさせていただきたいです。
最後に、バオバブの相良さんから、機械翻訳を使ったeコマースサイト翻訳の事例紹介がありました。創業間もない会社ですが、柔軟な発想と創意工夫、そして小回りの効いた大胆な行動力が感じられ、旧態依然のプロセスで翻訳している人たちにとっては刺激的な話だったと思います。バオバブで活用している機械翻訳は、NICTの内山さんが開発しているものですので、NICTの成果が社会還元された良い例だといえます。
ソースクライアントの要件を詳細に引き出し、翻訳精度のレベルを明確に合意したことにより、機械翻訳を活用できるメドを付けたことがすごく重要だと感じました。さらに、ポストエディットに当たる工程を「留学生ネットワーク@みんなの翻訳」で行うことにより、一般の翻訳会社の1/3以下の単価を実現し、さらなるコストダウンも目指しているそうです。先に紹介したシスコの山田さんの事例と比較すると、翻訳対象、求められる翻訳精度、会社規模などすべてが対照的ですが、翻訳対象の要件に合わせて翻訳プロセスを構築したり、機械翻訳のメンテナンスやポストエディットを徹底管理したり、シスコの山田さんと根底の考え方は同じなのだと感じます。
TC業界は、製品の使用説明をするマニュアル制作がメイン業務ですので、比較的高い品質意識が弊害になり、機械翻訳に対してネガティブな見解が多いのが現実です。そんな人達でも、ビジネスとして実績を挙げている事例を聞くことにより、機械翻訳に対する考え方が少し変わったのではないかと思います。逆に、機械翻訳では解決できない翻訳領域があることは確かです。人力翻訳は、付加価値を高めるために、お読みいただく読者のユーザー経験向上までも注目していくようなプロ意識が求められるかもしれません。人力翻訳と機械翻訳をうまく使い分けて、共存共栄、効果的な棲み分け、そんな時代が見えた気がするセッションになりました。
最後に、セッションの企画運営を一緒に進めていただいた皆さんにお礼を申し上げます。企画で多くの助言をいただいた川村インターナショナルの森口功造さん、打ち合わせ会場をいつも提供していただいた石田大成社の山本勇さん、そして常にバックで支えていただき、当日は聴講席からTAUSの紹介までしていただいた東洋大学非常勤講師の中村哲三さん、本当にありがとうございました。