契約書翻訳の魅力と生き残れる翻訳者とは

2012年度第7回JTF翻訳セミナー
契約書翻訳の魅力と生き残れる翻訳者とは

 

飯泉恵美子

 



開催日●2013年2月27日(水)14;00~16:40
開催場所●鋼堂会館
テーマ● 「契約書翻訳の魅力と生き残れる翻訳者とは」
講師●飯泉恵美子 有限会社ジェックス 代表取締役
報告者●下隆全(個人翻訳者)



 2年前のJTF翻訳祭セミナーでは、当時のリーマンショック後の長引く不況下にあってもリーガル翻訳の需要は減っていないことをマトリックスを使って説明したが、今回も同じマトリックスを使ってその後の需要動向の変化を見ることにする。日々の新聞に報じられているように、最近の日本経済は大きく動いており、積極的に海外に打ってでる企業が増えてきている。これを反映して契約書翻訳の需要にも変化が見られる。

例えば、企業の社内規則でいえば、雇用関連事項やコンプライアンスマニュアル(「法令遵守(順守)」だけでなく広い領域をカバーする)などの翻訳需要が増え、また、企業の海外進出に伴う会社同士の吸収合併、新設合併、さらには新会社設立に関わる契約書、あるいは工場誘致に関係する契約書などの需要が大幅に増えてきている。ここで翻訳者に求められるのは「会社組織」や「会社合併」「会社設立」についての基礎知識であり、日頃から勉強しておく必要がある。なお、英日・日英の区別でいうと、英日翻訳には大きな変化がないが、日英翻訳は増える傾向にある。

 最近の英日翻訳には2つの流れが見られる。1つは翻訳メモリなどを使ってルールやガイドラインに沿った訳をするのか、あるいは弁護士や会社の法務担当者など専門の知識を持つ人たちの評価に耐えうる翻訳をするのか、つまり十分な背景知識と適切な専門用語を使った(言葉のプロとしての)翻訳をするのか、のいずれかを選ぶことになる。

 契約書翻訳といえども表現の微妙な調整が求められる。誰に向けたものか、発注者は誰か、どの契約類型に該当するのか、などに配慮した上で法令用語と一般用語のバランスを判断し、最適な訳文に仕上げねばならない。

 一般的にいって、契約書翻訳に使用される専門用語・法令用語は時代の流れに左右されることが少ないが、時代の流れと共に大きく変化した専門用語や法令用語も少なくない。例えば、arrangement、Non-disclosure Agreement、intellectual property、industrial propertyなどである。

 課題1でのポイントは、License Agreement(「使用許諾契約」、「実施許諾契約」、「ライセンス契約」の使い分け)、hereinafter called(「以下~という」)、This Agreement(「この契約」または「本契約」)、is made and entered into(重ね言葉で、「締結される」と訳す)、by and between A and B(これも重ね言葉)、principal office(「主たる事務所」「主たる営業所」のいずれの訳も可能であり、「本社」という訳も正解である。

Agreementを「本契約」と訳すか「本契約書」とするか、つまり「書」を付けるか否かはその述語によって判断する。

 契約が定める内容は「義務」「権利」「事実」の3つである。「~するものとする」という訳語は「義務」を表す表現なので、これを「事実」を示す言葉として使用するには、文書の種類などのケースに応じた判断が必要である。

課題2での注意点は、冒頭のyou、 agree to(「同意する」「合意する」「認める」の使い分け)、terms and conditions(重ね言葉で「条件」)、permit(「承認」、ただし「許可」や「認可」は今回の課題の訳としてはふさわしくない)、Products(定義語で「本製品」)、if clause(「もし~」は使わない)、below(「以下」「下記」「次」)、reject(「拒絶」「拒否」)などである。他に注意する個所は、thirty (30) days after のafter、類似語require/demand/request(日本語の「要求・要請・依頼」との組み合わせ)。

課題3のポイントは、Licensor/Licensee(「許諾者/被許諾者」「ライセンサー/ライセンシー」)、agree not to …(「~しないことに同意する」「~してはならない」)、disclose(「開示する」「漏えいする」)、confidential information(「秘密情報」と「機密情報」の使い分け)などである。さらに、thereofのthereやhereofのhereの解釈、suchの訳、when clauseの訳しかた、need to know、in a formのform(可算名詞なので「書式」「方法」)などにも注意すること。

課題4のキーワードとしては、fail to…(「懈怠」、「怠る」、「~しない」「~できない」),requirement(「要件」「条件」)、set forth(「~に定める」「~に記載された」)などがある。また、promptly(「直ちに」)は類似語のimmediatelyやforthwithとの違いに注意し、日本語の「直ちに」と「すみやかに」に正しく振り分けることや、terminate(「解除する」)に関連して日本語の「終了」「解除」「満了」の使い分けに留意することも大切である。without prejudice toは法令用語で「~を害することなく」などの定訳がある。rights and remedies at law or otherwiseは「コモンローその他における権利および救済措置」)という意味であるが、これを正しく理解して訳すには英米法上の「コモンロー」と「エクイティ(衡平法)」の概念だけでなく日本語の「法」と「法律」の違いなどについての基礎知識が必要となる。その他written notice(「書面」)、the day of termination(「解除日」)、at any time(「随時」「いつでも」)などの訳語や、「3カ月」などの表記にも注意を払わねばならない。なお、この課題文4の全体を訳すとき、other rights(「その他の権利」)やotherwise(「その他」)の訳し方に工夫が必要となる。

課題5は、「雛型や翻訳データがそろっておれば契約書を翻訳できるのか?」という疑問に答えるための資料である。課題5-1と5-2の例文は定められたルールに従い、翻訳メモリなどで与えられた用語や表現を使用するという制約の下で作成されたもので、翻訳用語の正確さを重視するあまりやたらに複雑な構文となり、非常に分かりにくい文章になっている。誤訳に近い個所も見受けられる。ここから分かることは、日本法令外国語訳データベースの英文をそのまま参考にはしにくいということ、どうせ雛型を手にいれるなら上手な雛型を選んでほしいということ、さらに「自分が何をどうしたいのか」「読む相手が誰か」を常に考えながら翻訳作業に当たってほしいということである。

最後に「生き残れる翻訳者になるために」「自分がイメージする姿は?」「自分の価値を上げる」という3大テーマの下に、翻訳者が追求すべき目標とそれに向けて進む道筋を示唆した。参考になれば幸いである。
 


 

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