私の一冊『カラマーゾフの兄弟』

第3回:JTF理事 石川弘美さん

『カラマーゾフの兄弟〈上〉』ドストエフスキー著、原 卓也訳、新潮文庫、1978年
(注:現在新潮文庫のカバーは刷新されていますが、私にとってはこの表紙なので、あえてこちらを使用させていただいています)

2021年4月のリニューアルから始まったこのリレー連載「私の一冊」ですが、早くも第3回にて前編集長の西野さんからのバトンが回ってきました。

西野さんには2021年にJTFジャーナルをWEB版に移行してから1年3か月、編集長として、WEB版紙面の作成から定期的な情報発信を欠かさず行っていただきました。本当にありがとうございました。

連載第1回の新編集長の松元様、第2回の旧編集長の西野様ともご自分で翻訳権を取得して出版に至った本をご紹介されましたが、私は(今後のリレー連載のハードルを下げるためにも!)純粋に自分の好きな本をご紹介します。

ロシア文学の金字塔と言ってもよい、ご存知ドストエフスキーです。2022年4月現在、ロシアによる軍事侵攻が世間をにぎわしていますが、そのことと、ロシアの文化とは関係ないことは言うまでもありません。

中でも『カラマーゾフの兄弟』はこれまでに何度も読み返し、自分の成長(老化?)と共に受け取るものが変わってきた大作。この本の中には、家族とは、神とは(罪とは)何か、人間の醜さ、美しさ、絶望、絶望の中でも生きる生命力、そして愛。およそ人間の持つ希望と葛藤のすべてが網羅されています。

もともとは原卓也氏の翻訳本を愛読していましたが、10年ほど前に出た亀山郁夫氏の翻訳本は分かりやすい文体となっていて、重苦しい陰鬱な印象だったものが別物のように感じられました。

その亀山郁夫氏ですが、翻訳という作業について以下のように語っていますので、ご紹介します。

「翻訳という作業は、九割九分が苦行で、歓(よろこび)びは、一分にも満たない。老い先長くもないのに、なぜ、こんな割にあわない苦行を引き受けるのか。そんな不条理感につきまとわれることもある。しかし一分にも満たない歓びが、どうやら何にも代えがたい意味を持っていたらしい。月並みな比喩だが、アルピニストが山頂を目指すように、マラソン選手がゴールを目指すように、私もまたひたすら達成感を求めて翻訳を続けてきた。」(亀山郁夫「苦行の先の歓びのために」産経新聞より引用)

https://www.sankei.com/article/20130407-TY5RR4EKERLGNFKNXFZIVG6ONQ/

翻訳者の皆様はどのような気持ちで翻訳されているでしょうか。

★次回は、今年度よりJTFジャーナルの編集委員としてご活躍いただいています翻訳者の松本佳月さんにバトンをお渡しします。

←私の一冊『血と汗とピクセル:大ヒットゲーム開発者たちの激戦記』

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