私の一冊『日本語の作文技術』

第7回:独日・英日翻訳者 中野真紀さん

『日本語の作文技術』本多勝一(著)、朝日文庫、1982年

コロナ禍で不要不急の外出自粛が呼びかけられるようになったころ、FacebookなどのSNSで、好きな本を五冊紹介するという小さなブームが起こりました。五冊でも選ぶのに一苦労だったのに、一冊とはなんとも難しいお題。ならば自分の読書歴の転機となったあの本を紹介がてら幼少期の思い出語りでも、と思ったものの、「翻訳書や翻訳に関連」させるには少々話が長くなりそうだったので、ここはもう少し直球でいくことにしました。

そんなわけで、私が紹介するのは、本多勝一著の『日本語の作文技術』です。それまで読書といえば小説一辺倒だったのが、大学時代、いきなり氏のルポルタージュにはまってあれこれ読みあさり、その流れでなにげなく手に取った一冊。わかりやすい文章を書く手法なんてことを考えたこともなかった当時の私にとってはまさに目から鱗の内容で、大きな衝撃を受けたのを覚えています。とはいえ、当時のレポートや卒論に役に立ったかどうかはまるで記憶にないのですが、それから長い月日を経て、翻訳の仕事をするようになったとき、ようやくこの本の真価を実感したのでした。

和訳をする際、わかりやすく誤解のない日本語の文章を書く技術は必須です。特に、日本語とは文章構造がまるで違う言語からの翻訳では、原文の内容をもれなく訳出したつもりでも、語順やテンの打ち方ひとつで誤った情報を伝えてしまうおそれがあります。同書の前半、「修飾する側とされる側」、「修飾の順序」、「テン(読点)の統辞論」などでは、数多くの文例とともに、誤解のない文章を書く原則が論じられており、和訳者には必読といえます。

日本語に関する本は近年たくさんの良書が出版されていますが、まずはぜひこの一冊を。現在入手できるのは、2015年に刊行された『〈新版〉日本語の作文技術』ですが、内容は同じで、文字の大きさが大人の目にやさしくなったようです。

◎執筆者プロフィール
中野真紀(なかの まき)
独日・英日翻訳者。JTF理事。獨協大学ドイツ語学科卒。ドイツのボン大学に3年間留学し、帰国後すぐに翻訳の仕事を始める。製薬会社の派遣社員と二足のわらじを履いたのち、2005年に翻訳専業に。産業翻訳は医療、特許、マーケティングのほか、特にドイツ語では幅広い分野に対応。共訳書に『現代医療の法と倫理』(知泉書館)、『ダライ・ラマ 子どもと語る』(春秋社)、『ドリンキング・ジャパン』(三修社)などがある。

★次回は英日翻訳者の笠川梢さんに「私の一冊」を紹介していただきます。

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